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第60話 宣言
静まり返った中、りぃがゆっくりと階段を降りてきた。
尻もちをついている僕の所まで来ると、跪いて片膝を立てる。手には落ちた時に脱げた僕の靴があった。足首を持ち上げて履かせる姿は童話のワンシーンのようだったけど、あの姫は足に忠誠のキスなんてされていない。
「りぃ。この中であなたが涙を見せられる人はいる?」
「いない。この中にも、どこにも。おまえだけだよ、晶馬」
「そう。わかった」
僕は落ちてきた二階を見た。
手摺りを掴んで僕たちを震えながら見ている人、腰が抜けたように床に座り込んだ人。皆、逃げたいけど怖くて逃げられないんだろう。
僕はその人たちに届くように声を張り上げた。
「りぃの番 は僕だ!僕がりぃを守る。りぃを利用する事しか考えない人は、この先ぼく達に近付かないで!」
誰ももう何も言わなかった。綾音さんは泣き崩れて、淳也くんは牧之原さんに捕まっている。本来Ωはおとなしい者ばかりで、二人がいなければ後は気弱な羊の群れでしかない。
「この世界のどこに、これ程までに私を想う者がいるというのだ……」
一滴の雫が水面を震わすように、小さなつぶやきが無音のラウンジにぽつりと落ちた。
「この者は、私が切望し、やっと手に入れた大切な宝だ。私が選んだのではない、私がこの者に選んでもらったのだ」
ぐるりと見回す金の瞳が輝きを増していく。
「運命から奪い返し、ようやく掴み取ったこの手を引き剥がす者を、」
感情を削り落とした、ただただ美しい、無慈悲な瞳。
あたり一面が凍てつくように冷えていく。目に見えない、痛くて冷たい無数の矢が細胞を貫いていった。
空中に腕を上げ、手のひらの上でゆっくりと掴まれる文字なにか。
「私は、絶対に許しはしない」
ドクドクと心臓が早鐘を打つ。掴まれたものは心臓だった。
(ヒッ)
人々は恐怖で竦み上がった。
大木を裂く落雷、大都市を飲み込む大津波、文明を瓦礫に戻す大地震。それらは為す術なく飲み込まれる、抗う術のない巨大な厄災だ。絶対的な力を前にして、それらに対峙したかのような無力感と絶望感が彼らを襲う。
この存在は本当に人なのか。
命あるものとしての本能が悟る。この逆鱗に触れてはならない……
絶対者の宣言は恐怖と絶望感をもってその場を支配した。
僕もこのオーラを恐ろしいものだと認識した。だけどそれが嬉しかった。
今、りぃは世界に向けて警告したんだ。ここにいる人達だけじゃなく、今だけじゃなく。この先、僕たちを引き離そうとする全ての人たちへ。
これは僕を守ろうとするりぃの想いだ。恐ろしければ恐ろしいほどその想いは深い。
(やっぱりそうだ)
「りぃ……りぃ。りぃ」
「怪我は」
僕はふるふると頭を振った。
「りぃ。お願い、このまま連れて帰って」
「仰せのままに」
りぃは、首に手を回した僕を片腕に抱き上げた。絶対者の腕は力強く、冷たそうに見えた声も腕も、優しくて暖かい。
僕達は静まり返ったその場から足音を残して立ち去った。
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