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第26話 泣いてもいい

「あの時、君の記憶を消しちゃってたら、この先ずっと僕は君を守ることだけしか考えられなかったんだろうな。本当の君を知らず、甘える事なんて思いもよらなかっただろう。弱い部分を隠して独りで道を歩まねばならなかった。そして歪めた関係がいつひび割れるかと怯えて君を囲ったかもしれない。 たった一人で目隠しをした君の手をひき、特異なαとして孤独の道を歩く。 記憶を消さなくて良かったって心底思うよ。 稀少種のαの宿命として、人としては過分な力を振るわなければならない時もある。自分でも呆れるぐらい冷酷な処遇をしても、君だけは僕を許すだろう。誰が非難しても拒絶しても、もう僕は独りじゃない。一人ぼっちには戻れない。 君は僕の碇にして唯一の良心だ。そして僕が甘えられる唯一の存在。ねえ、僕は君の前じゃ稀少種のαじゃなくてもいいよね」 「もちろんです。先輩は恋人で番でイケメンで先輩で、あとなんだろう、つまり "稀少種のα" はおまけです」 「おまけ!皆はそれ以外がおまけって言うのに。あはは! やっぱり晶馬くん最高!」 先輩の魅力はαの力だけじゃない。優しかったり頭が良かったり、力と関係のない、先輩自身の個性が素敵なんだ。 「あははは。笑い過ぎて涙が出そうだ」 僕は先輩の目元に唇を近づけ、目じりにキスをした。 「晶馬くん……」 「先輩、……李玖さん。泣きたいときは我慢せずに泣いていいんですよ?」 多分先輩は泣けないんだと思う。 苦しそうな顔や悲しそうな顔は何回か見たけど、一度も涙を見てない。 どんな時も独りで耐えてきたんじゃないかな。僕も仲良くなるまでは、先輩は完璧な人だと思ってたもん。誰の助けがなくても何でも軽々とやれると思ってた。でも李玖さんだって人間なんだ。力は持ってても悩んだり苦しんだりしてる。 僕はΩで何の力にもなれないけど、あなたの涙を(ぬぐ)う事なら出来る。 指先で、唇で、胸元で。 身体で、心で。 僕の全てで、貴方の瞳の涙も、心の涙も拭うから。 弱さも見せてよ。 「完璧じゃなくてもいいですよ。弱くてもいい。僕の前じゃ貴方は唯の藤代李玖だ」 先輩の目が大きく見開かれて、そのあと向日葵が咲いたような笑顔になった。 「ありがと、晶馬くん。でも僕、今嬉しいんだ。すっごく嬉しい。涙なんて出ない……あ、あれ?おかしいな。ははは。……凄いね、涙って嬉しくても出るんだ。知らなかった」 あ。 今度は笑顔とは裏腹に涙がポロリと出て、それから続きけてポロポロと出てきた。初めて見た先輩の涙。 キスで吸い、頭を胸元に抱き込んだ。シャツが少しだけ暖かく湿った。 「ははは。僕が呪いを解く筈だったのに、僕の方が呪いから解き放たれてしまった。晶馬くん、ありがとう。やっぱり君って凄いや」 呪い?あっ、そうだった、僕の呪いを解くって言ってたんだ! 「僕にこんなに影響を与えた君だけど、どう?これでもまだ "僕なんか" って言っちゃう?」 「!」 誰もが敬愛する稀少種のα、藤代李玖。その彼の碇で良心で、彼に影響を与えられる唯一の存在。ずっと前から大事にされてきた存在。 そんな事を言われておきながら、それを僕自身が軽んじる発言なんて―― 「言いません。言える訳がない」 じわじわと内側から登ってくる高揚感。 「……凄い、僕ホントに魔法にかかっちゃった。すっごく偉くなった気分。うわあ、どうしよう。凄い、先輩凄いや」 Ωの中でも地味で魅力のなかった存在が、先輩の言葉でキラキラした存在に変貌を遂げた。 先輩のひいき目かもしれない。 それでも皆から一目置かれている先輩が、僕を特別だと言うんだ。 嬉しくて、夢を見てるみたいにフワフワする。 先輩がイタズラの成功した子供みたいな得意そうな顔で僕を見てる。 いてもたってもいられず、抱きついた。 「先輩ってホントに魔法使いだね。呪いを解くどころか、新しい魔法にかかっちゃった!」 「その魔法は一生消えないよ」 ちゅっ 嬉しくて居ても立っても居られなくなり、先輩の唇を掠めとった。 ちゅっちゅっ すると唇と頬に軽いフレンチ・キスが返ってきた。 ふふ。くすぐったくて笑い声が漏れる。すると耳元に内緒の声が忍び込んだ。 「エッチする?」 「!!」 バッと胸を押し返し耳を覆い隠す。油断も隙も無い! 「あははっ。もうっ、晶馬くんの小悪魔!あんまり焦らすと……知らないよ?」 うわ。上唇を舐める仕草が壮絶な色気を放っていて、僕は耳まで赤くなった。 イケメンの色気って破壊力半端ないよ……

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