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第27話 コンシェルジュ

先輩と恋人として(!)向き合って話をした中で今後の話も出た。 「皆にはどうする?僕から言うかい?」 えっ、みんなって誰?誰に何て言う気なの。 僕と藤代李玖さんが番になりましたって? 僕はブルッと震えた。 「む、無理無理!まだ無理!ちょっと落ち着いてからにして下さい」 「そう?晶馬くんがそう言うなら仕方ないけど、僕は寂しいな。じゃあちょっとだけ待ってあげるから、早めに覚悟を決めてね。君と何時でも一緒にいたいもん」 可愛らしく、もん、なんて言ったけど騙されないぞ。 覚悟。 先輩は自分に構い倒される覚悟のつもりだろうけど、僕がするのは先輩の周りにいる綺麗なΩの人や超絶にカッコイイαの人達に囲まれる覚悟だ。先輩が僕の事を特別って言ってくれたから もう自分を卑下はしないけど、それでも周りから見たら平凡地味Ωだよ! (はあ?何でココにいるの?えっ、藤代様の番!?あんたが!?) (藤代様とあろう人がこんなチンクシャを選ぶなんて!) ああ、みんなの不満の声が聞こえそうだよ。うっ、まだ耐えられそうにない。やっぱりちょっと待ってもらおう。 「じゃあ大学では今までどおり仲良しの先輩でいてあげる。だから僕のお願いも聞いてくれる?」 何だろう。怖いな。 「いつか休みの時に僕の部屋でお泊まりデートしてよ」 身構えたけど先輩のお願いはデートのお誘いだった。 なんだ。そんなことでいいのか。 そんなやり取りをしたあと、何度か先輩のマンションにお邪魔している。 先輩のお家は、街の中心部から少し離れた小高い丘の中腹にあった。 更に登った所には緑に囲まれた大きな屋根や建物がポツリポツリと見える。コテージや豪邸っぽいんだけど、あの辺ってお金持ちの人達が住むところなんじゃないの?先輩のお家もお屋敷だったらどうしよう、そう思って緊張したけど、先輩は大学に通うために部屋を借りているらしい。それは中腹の真新しいマンションのひとつだった。 そこは中層マンションで、エントランス側一面が鏡のようなガラスになっていた。外から中を覗くことは出来ないけど、中からは外がクリアに見えて開放感がある。プライベートに配慮してマジックミラーらしい。 指紋認証で開くタッチセンサーの入り口を抜けると、床はグレーの御影石、壁はオレンジソースを練り込んだようなバニラ色の大理石で、モダンな照明が洗練された雰囲気を出している。 真っすぐ進むとつきあたりの正面には吹き抜けがあり、その下には樹木が植えてあった。上から柔らかく降り注ぐ光で緑が鮮やかに映え、どこからともなくサアァ……と聞こえる水の音と相まってとても爽やかだ。 ここホントにマンション?高級ホテルの間違いじゃないの? あそこに受付の人がいるし。 エントランスから吹き抜けまでの間にはホテルのフロントみたいな長い机があり、ダブルブレストのスーツを着た壮年の紳士がにこやかに出迎えてくれた。 「お帰りなさいませ、藤代様」 「ただいま、牧之原さん。何か変わったことあった?」 「いえ、特には。こちらが本日の郵便でございます」 「ありがとう。晶馬くん、おいで。牧之原さん、この子は僕の番になってくれた日野晶馬くん。晶馬くん、こちらはコンシェルジュの牧之原さん」 「こ、こんにちは」 「こんにちは、日野様。はじめまして、このマンションのコンシェルジュを務めております牧之原と申します。御用の際やお困りの際は何なりとお申し付けくださいませ」 えっ、いや、僕は先輩のお部屋に遊びに寄らせてもらうだけです、お構いなく。 「藤代様、番成立おめでとうございます。可愛らしいお方ですね」 「ふふ、ありがとうございます。晶馬くん、牧之原さんは何でも出来ちゃう凄い人なんだ、困ったことがあったらすぐに相談してごらん。きっと力になってくれるよ。牧之原さん、晶馬くんの事お願いしますね」 「勿論でございます。日野様、これから宜しくお願いします」 「こちらこそよろしくお願いします」 コンシェルジュって管理人さんってことだよね。とりあえず行きと帰りのご挨拶は忘れないようにしよう。 そのまま吹き抜けの後ろのエレベーターに乗り、先輩の部屋へ向かった。先輩の部屋は最上階ではなかったけど、かなり上の方にあった。どうしてかというと防犯上の理由だって。稀少種はいろんな意味で危険が多いらしい。 僕も何か異変を感じたらすぐ牧之原さんを呼びなさいって言われた。僕はαじゃないし、お金持ちでもないから大袈裟ですよって言ったけど、マンションの安全を守るのも牧之原さんの仕事らしく、何かあったら牧之原さんの責任問題になるから遠慮はしちゃ駄目だって。実は牧之原さん、剣道や柔道の段持ちでかなり強いんだって。ただの管理人さんかと思っていたら警備もやってくれるんだ。ホントに何でも出来る人なんだな。 先輩は一人暮らしだけど造りは家族用と同じで部屋が幾つかあり、広かった。 リビングはバルコニーに通じる窓からの光で室内が明るく、バルコニーからの見晴らしもいい。白を基調とした北欧の家具でまとめられてさっぱりとしていて、ペールグレイのカーペットに大きめソファー、その上に置かれた空色と濃紺のクッションや観葉植物……雑誌に載っている部屋みたいにセンスが良くてかっこいい。 先輩が勉強に使っている部屋はリビングより小さいけど、僕の部屋よりは断然広い。同じように白が基調で、こっちは小物や家具に黒系が多くモノトーンな感じ。 壁一面は本棚で、先輩が大学で専攻している科目の本だけでなく、社会経済や医学書、科学の資料など多岐に渡って詰め込まれていた。 2つある机の片方には大きなパソコンがあり、スペイン語で書かれたヨーロッパの雑誌と英語で書かれた経済誌、もう片方の机には専攻ゼミの資料らしきものと書きかけの論文が乗っていた。 いろんな勉強してるんだなあ。αの人ってしなくても頭いいと思ってた。 僕がそうおバカ発言をすると、 「知識に上限はないからね。そして世界は刻一刻と変動してゆく。いくら知識を付けても未知のことは増え続け、いつも何処かで何かしらの問題は起こっている。それらと対峙した時は全ての分野からの知識を総動員し、想像を働かせて答えを出さなきゃいけないから」 だって。言うのは簡単だけど、それを想定して実際に知識として蓄えていくことは容易なことじゃない。αだからって努力が要らない訳じゃなかったんだ。 「僕、偏見もってたな。ごめんなさい」 そう言うと先輩はちょっと目を見開いて、凄く嬉しそうにキスしてくれた。

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