これは晶馬くんが高村さんと出逢ったあと、先輩に救ってもらうまでの期間に起こった先輩サイドのお話です。 先輩の取り巻き達がマンションに押しかけますが、招かれて訪問した晶馬くんの時とは様子がかなり違います。裏事情が垣間見えますのでお楽しみくださいませ。 俺は浪川(なみかわ)涼平(りょうへい)、一般人の代表のような平凡なβだ。俺には平泉(ひらいずみ)綾音(あやね)という一般とは少し違うΩの幼なじみがいる。 世間一般のΩの印象？それはあまり良いものではないな。 小柄で力の弱い者が多いことや発情周期で仕事に影響を与えがちなこと、発情期のフェロモンで性的事件が後を絶たないことなどから一部のβから嫌われたり差別されたりする。αの性道具などと陰で言われることもあるが、 まあそれはαの子供が欲しくても産めないやっかみだな。そんなんで今でもΩは社会的弱者の立場なのだ。 だが綾音は違う。優秀なαが代々家名を継いできた名門平泉家の嫡男で、系統的に綾音自身も優秀なαを産む確率が非常に高い。そのため名立たる名家が彼を欲しがり、綾音もいずれ嫁ぐであろう名家に相応しくあるべく高い知識と教養を与えられて大事に育てられてきた。いわゆる深窓の令嬢、男だから深窓のご子息だ。 本来なら平凡なβの俺なんかとは接点がなさそうなものだが、子供には大人の事情なんて何も関係ねえ。近所の子をぐいぐい引っ張り遊びまわり、気付けば か弱い幼なじみのボディガードみたいなもんになっていた。綾音も俺を頼り切ってるし、俺もポヤポヤしてるこいつが気になって放っとけない。 そうやって一緒に育ち、そのまま綾乃と同じ大学に進学すると、そこには稀少種のαが在籍していた。 稀少種をこんなところで見かけるのは珍しい。何故なら彼らは名前のとおり数が少ない為めったにお目にかからず、しかも大抵は国のトップ機関で高度な教育を短期間で済ませ、すぐに世界に飛び立つからだ。 しかしそのことは綾乃の傍で育ってきた俺だから知っている事で一般には知られていない。 学生たちは彼を畏敬と尊敬の眼差しで見ているものの、一学生として一緒にキャンパスライフを送っていた。 優しくて明るい稀少種のα、藤代李玖。 包み込むような穏やかな雰囲気(オーラ)を纏う彼を誰もが尊敬し憧れ、彼の周りはいつも人で溢れていた。 綾音がすぐに心奪われ心酔したのも無理はない。 藤代さんの周りにいる人間は、大半が彼に心酔する綾音みたいなΩだが、ほかにも優秀なαのご学友や彼らを番(つがい)に狙うΩ、集ったΩをナンパしてイケナイ事をしようとする高村という人達みたいなチャラいαなど様々だ。 そんな中、綾音(あやね)は育ちの良さと家柄、そして取り巻きのΩの中でも特に際立った美しさから藤代さんの番(つがい)の最有力候補と言われている。今のところ綾音と張り合えるのは、輸入化粧品を全国の小売店に卸している天沼商会の一人息子、天沼(あまぬま)淳也(じゅんや)くらいだ。 こちらは優秀なαを輩出してきた平泉家とは対照的に代々αを迎え入れて栄えてきた家系で、婿養子がヘボかった代は倒産寸前まで追い込まれている。つまりこの家の繁栄はどれだけ優秀なαを手に入れられるかにかかっているのだ。 その為に淳也はおっとりとした綾音と違い、自分の美貌を最大限に利用する良く言えばアクティブ、悪く言えば肉食系のΩであった。 ある日、天沼淳也が綾音に話しかけてきた。 「ねえ綾音さん、○○市の山の上の方、湖や美術館があるリゾート地帯になってるじゃない。あそこに平泉家の所有している別荘ありません？招待して頂きたいんだけど」 「えっ、○○市の山ですか？あそこは親戚が所有していますが、ほかのリゾート地ではいけませんか？長野の沢でしたらもっとお楽しみ頂けると思うのですけど……」 「ううん、○○市じゃないと駄目なの。あそこから下った中腹に藤代さんが住んでるマンションがあるんだ。だからみんなで別荘に行き、帰る時に立ち寄らせてもらおうよ」 「まあ！藤代さまそんな所にお住まいでしたの！でもご迷惑じゃないかしら。急に行って入れていただけるかどうか……」 「入れてもらえなかったら諦めるよ。僕たちは別荘に遊びに行ったついで(・・・)に少し寄らせてもらうだけだもの。そうでしょ？綾音さんは藤代さんの部屋、見たくない？」 「見たい！見たいです！ああ！藤代さまどんな暮らしをされてるのかしら！」 「でしょう？じゃあ別荘の件お願いするね。僕は他の子に声を掛けてみるよ」 「はいっ」 淳也はそう言って颯爽と歩いていった。 （淳也の奴、綾音を利用しやがって……） 「涼平くん、藤代さまのお住まいを見れるかもしれないって！凄い！凄ーい！」 「……よかったな」 俺は立ち去った淳也を忌々しく思ったが、純粋に喜ぶ綾音の様子に苦笑いになった。