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〈番外編〉 訪問者 2

綾音の借りた親類の別荘は、山の頂からの湧水を水源とする湖のほとりにあった。 俺たちは湖のボートで釣りをし、林では散策やバーベキューや花火をしてリゾート地を存分に楽しんだ。 そして市内へ向かうバスに乗って山を下りて帰路に就いたが市内までは行かず、山の中腹よりやや下のバス停で下車をした。この辺りまで下りるとマンションがぽつりぽつりと立ち、コンビニや飲食店も見えてくる。ほどほどに田舎(いなか)閑静(かんせい)な場所だ。 俺たちは淳也の先導でそのなかのひとつ、真新しい中層マンションの入り口にやってきた。 「ここが藤代さんが住んでるところだよ」 「えっ、ここ?」 誰かが声をあげた。もっと豪華な所だと思っていたのだろう。稀少種のαが住んでいるとは思えない、ありふれたマンションにがっかりしたようだ。 今回の旅行に参加したのは全部で11人だが、俺だけがβで、他は皆Ωだ。 何故なら今回の本当の目的は別荘に遊びに行くことではなく、藤代さんの家を見に行く事だから。 Ωにとってαはいつか(つがい)になるかもしれない存在、その住まいということは自分がそこで暮らす可能性があるということだ。なのでαの上位である稀少種の住まいに憧れを持っていても不思議ではない。普通のマンションを見れば失望もするだろう。 綾音は……と見ると特に何とも思っていないようだ。それどころか尊敬する先輩の住まいだと感動している。単純なやつめ。 淳也がマンションの入り口にあるインターホンを押そうとすると、後ろから声が掛けられた。 「君たち、そのマンションに何か御用?」 振り返ると50代後半くらいの男の人が買い物袋と大きな荷物を持って立っていた。 「はい」 淳也が明るくハキハキと答えた。 「こんにちは。僕たち藤代李玖さんと同じ大学の後輩です。藤代さんにはいつもお世話になってます。こちらにお住まいだと聞いてて、近くまで来たので立ち寄らせてもらおうと思いまして」 「ああ、藤代くんのお友達。ちょっと待ってね、居るかどうか確認してみるよ」 「はいっ。お手間を取らせてすみません。ところであの……」 「ああ、僕?ここの管理人。さあ、入って。ここで待っててね」 管理人さんと一緒に中に入り、管理人さんが内線を掛けている間、しばし待つ。 大理石の床に、モダンな照明。奥には樹木と草花が計算された箱庭のように植えてあった。吹き抜けから柔らかく降り注ぐ光で緑が鮮やかに映え、どこからか聞こえるシャワーのような水の音がとても爽やかだ。 皆は普通だと不満そうだったが、ここもなかなか高級そうじゃないか?管理人さんがポンと荷物を置いた、でかい机もマホガニーっぽいんだが。 それにしても淳也め、上手いこと言ったな。まるで俺たちが藤代さんと親しい間柄みたいだ。実際はただの金魚の糞なのだが、そう言ったら入れてもらえたかどうか。 しばらくすると藤代さんがやってきた。 「いらっしゃい。どうしたの、みんな。よくここが分かったね。びっくりしたよ」 「突然ごめんなさい。僕たち綾音さんに誘われて山の別荘に遊びに来てたんです。帰り道に先輩のお家があるって聞いたから、僕、どうしてもこのまま新鮮なお土産を渡したくて。はい、これ、山で取れたキノコと木苺です」 なんと。淳也、お前……準備いいな。 「ありがとう、嬉しいよ」 「淳也くん狡い!藤代さん僕も僕も!僕、湖で(ます)釣ったんだ」 「そんな魚美味しくないよ、僕は川で釣った山女魚(やまめ)を持ってきた!」 「僕のは採れたての蜂蜜です!栄養もいっぱいあるしすっごく美味しいんだから」 「僕はこれ、あのね……」 「藤代さん、僕だって……」 「みんなありがとう。ここじゃなんだから僕の部屋に行こう。そこでお土産(みやげ)を貰うよ。片付けてる暇なかったから結構散らかってるけどいいかい?」 「勿論です、急に来ちゃってごめんなさい」 「じゃあ行こうか」 藤代さんは収集のつかなくなった騒ぎをさりげなく収めて皆をエレベーターへと(いざな)った。

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