34 / 92
〈番外編〉 訪問者 3
奥のエレベーターに乗り、藤代さんの部屋へ向かった。
藤代さんの部屋は一人暮らしなのに家族用と同じ造りのようで部屋数もあり、広かった。
ゆったりくつろげるリビングは大きな出窓からの光で明るく、その向こうにはテラスが広がっている。
「どうぞ。散らかっててごめんね」
「いえっ、急に押しかけてすみません」
「すぐに帰りますからお構いなく」
「悪いね。おみやげ、冷蔵庫に入れてくるから適当に寛いでてね」
「「はいっ」」
先輩が離れていくと、皆は物珍しそうに周りを見回し始めた。
室内は無垢材の床に淡いグレイのカーペットが敷かれ、白を基調とした輸入家具でまとめられていた。大きめのカウチソファーに置かれた空色と濃紺のクッション。チェストや観葉植物……インテリア雑誌を再現したような部屋だ。センスは良いが物が少なくていささか殺風景だが、飾られた高校の部活らしい写真や家族写真に生活感が出ている。
みんなは初めて見る藤代さんの過去と家族構成に興味深々で、写真を食い入るように張り付いて見ていた。
「ねえ、涼平くんあれ見て」
綾音が俺の服の袖を小さく引いた。
「あのガラスの容れ物 、いっぱいお菓子が詰まってる」
綾音が指差した北欧風のチェストの上には大きめのガラスの容器があり、中にはキャンディやクッキー、チョコレートやビスケットなどが入っている。
「藤代さま甘いものお好きなのかな」
小さい子が喜びそうなカラフルな包みを二人で見ていると、
「ああそれ?知り合いの子にあげるんだ」
戻ってきた藤代さんがそう言ってガラス瓶から菓子を二つ摘まみ、綾音に渡した。綾音は大喜びでお礼を言って一つを俺に寄越した。
「その子の一生懸命食べる姿が可愛いんだ。ついあげたくなっちゃう」
いつもの笑顔と違う、見たことのない甘い顔。離れてチラチラと見ていた他の皆もハッとなった。
「……っ、そうなんですね。藤代さま子供お好きなんだ」
「子供?うん好きだよ。僕も子供いっぱい欲しいな。番 になってくれる人には一杯産んでもらわなきゃ」
藤代さんはアハハと笑ったが、部屋の空気はその一言で張り詰めた。
彼が番 の話題に触れたのはこれが初めてだった。互いを牽制し合う雰囲気が立ち込める。綾音の顔も少し強張 った。
「藤代さん、僕も子供大好きです」
「僕も」「僕だって」
「そうなんだ」
「僕んち多産の家系です。大家族になれますよ」
「それは凄いね」
「ぼくも……」「僕だって……」
またもやアピール合戦が始まった。おっとりしてる綾音はいつも出遅れて参加しないのだが、今回も沈黙を守っている……というよりやけにおとなしい?
「綾音?」
「綾音さん、つまんないからむこうの部屋見せてもらわない?行こうよ」
皆の騒ぎにしらけた顔をした淳也が綾音に声を掛けてきた。
「……ええ」
「おい」
止めようとしたけれど綾音がフラフラと付いて行ってしまったので俺も慌てて後を追った。
リビングを抜けた先の部屋は書斎だった。
壁一面の本棚には藤代さんが専攻している科目の本だけでなく、社会経済や医学書、科学の資料など多岐に渡って詰め込まれていた。
勉強部屋にしているのだろう。2つある机の片方には大きなパソコンがあり、スペイン語のヨーロッパ雑誌と英語で書かれた経済誌、もう片方の机には大学の専攻ゼミの資料や書きかけの論文が乗っている。
へえ。案外広い書斎使ってるんだな。
綾音ん家を見てつくづく思った事がある。αの頭脳はホントに優秀なのだ。名家の血を色濃く引き継いでいる綾音の姉さんやオヤジさんなんかは特に凄くて、専門書でも数回パラララ…と捲れば全てを理解してしまう。俺ら凡人がやる速読じゃないんだ。隅から隅まで記憶して一字一句見逃さない。一体どんな脳の作りだ。αってのは俺らβやΩとは根本から違う人種なんだよ。
ましてや稀少種なら分厚い辞書の丸暗記もお手の物、こんなに沢山の辞書も資料もいらないじゃん。最高級品の頭脳があるのにまだ何の勉強するんだよ。
そう思いながら何となく近くのノートを見たら、書きかけの分子構造式が目に入った。
うわっ、凄え。
延々と続くホスホジエステル結合の生体高分子の組成式、幾何学的なフラノース分子とリン酸エステル構造の結合。つまり、俺らの知ってるDNAの螺旋を事細かく分解、原子レベルで書き込んであるのだ。その横には吸光度を使った融解温度の計算式と、二重螺旋の構造の他に見た事のない三重、四重の螺旋の分解式が書いてある。
え、藤代さんの専門って生体科学じゃなかったよな。なにこれ、何でこんなに詳しいの。
あれ?この構造式のこの部分、何処かで……
構造式の一部に既視感があり、式を読んでいた目線が止まった。
確か生体科学の講義中に蛇足で出た話で、難病の素となる物質の組成式ではなかったか?脳の伝達物質を壊す性質を持つもので、この部分が解明出来れば未知の難病を治す手掛かりになるとか何とか。しかしどうしても構造が分からず解明が全く進んでない、と学会で権威あるその教授は言っていた筈。
その構造式が今目の前で紐解かれている。
俺は目を疑った。
ということはこの構造式で未知の病の特効薬が作れるということだ。
こんな重要な組成式が個人の部屋の一角、ノートの片隅で解明されてていいのか?
もっと大きな専門機関の研究室でプロジェクトを組まれ、厳重なセキュリティのもと進められていくもんじゃねえの?
「うわー、凄いね。やっぱり藤代さま、頭いいなあ」
「そんなの当り前じゃない。稀少種だよ?このくらいのことは普通だよ」
横から綾音達も覗き込んできたが、二人にはこれが何の式なのかは分からなかった。
~~~~~~~~~
【広告】
本日、この「おとぎ話の結末」と世界を共有したコラボ作品が公開されました。
咲房もガッツリ参加しております。
《 αの純情 × Ωの本能とβの本音 》
“ 稀少種α × 平凡β ” という珍しいカップリング。
うちの李玖先輩と同じ稀少種ですよ!どんなスパダリ様なのか!
イラストがまた鼻血吹くよだれ出る妊娠する!素晴らしいドエロ様ですので!
それだけでも見てきて下さいませ!
エブリスタ https://r.estar.jp/_novel_view?w=25102021
ムーン https://t.co/KZgBhgXa4O
ともだちにシェアしよう!