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〈番外編〉 訪問者 4
「淳也君、駄目だよ、藤代さまのプライベートだよ」
「じゃあ見なきゃいいじゃない。大体ロックも掛けないなんて見てくださいって言ってるようなものでしょ。迂闊だな」
「普通自分ちのパソコンに掛けないよ。駄目だってば!」
化学式に夢中になり、はっと気が付くと淳也と綾音が揉めていた。淳也がパソコンのモニターを覗いていたのだ。
「……やっぱり。ふふ、素敵だ」
「?」
意味深な淳也の独り言に画面を見ると、あろうことか履歴を探っていた。
「ちょ、やめろよ、プライバシーの侵害だぞ」
「あっ」
マウスをクリックする手を払いのけ追跡を止める。画面は先週の履歴で静止した。
「何すんだよ!気取ってるけどアンタたちだって稀少種の実態を探りに来たんじゃないか。折角のチャンスなんだから、稀少種がどんだけ利用できるか調べて帰ったらいいじゃない」
「利用って……僕、そんなつもりで来たんじゃないもの。ただ藤代さまの普段の生活が知りたくて……」
「はっ、綺麗事!お堅いね。……そうだね、あんたの所にはこれくらいのこと、すぐ調べてくれる犬が沢山いるもんね。綾音さまはただそうやって綺麗な顔で笑ってればいいんだからいいよな」
「え……」
「淳也!変な言い方すんな」
「うるさいよ駄犬。あーあ、白けた。ま、もういいけどね。知りたいことは大体分かったし」
俺はマウスに手を掛け、画面を閉じようとしてある違和感に気が付いた。
「え……」
ちょっと待て、これ……おかしくないか……?
「何だよ、怖い顔して。……ああそれ、おとといいきなり捕まった議員じゃん。いい人キャラでテレビに出てたから、あんなヤバい奴だとは思わなかったわ……って、あんたこの事件知らなかったの?」
「いや……」
知ってる。今でも昼のワイドショーは賑わっている。しかしそれは……
「へえ。面白い」
ギクリ
いつの間にか藤代さんが入り口のドアに凭れ掛かり、俺らを見ていた。
聞こえるか聞こえないかの小さなつぶやき。
“ 面白い ”
(なにが?)
藤代さんは俺を見ていた。
“ 俺が分かったことが、面白い ” だ。
“ 関係ないβの君が分かったのに、僕を欲しがっているΩが分からない事が面白い ”
ゾワッとした。
藤代さんは分かっていたのだ。誰かがパソコンを覗くのを。
だから見せた。俺たちは見たんじゃない。見せられたんだ。
俺たちが気付くか気付かないか試したんだ。
淳也が見たのは何だったのだろうか。
それもきっと見せられた情報の筈。
気付くか気付かないか。気付いた後はどう行動するか。
一体いつから?
いつから藤代さんは俺たちを試して、見ていたんだ?――
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