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第1話

 死神の実、それを食すると願いが叶うが、  成就は死への扉を開くという―――。  イサイはふと遠き昔の思い出に胸が締めつけられた。五年前のことでしかないというのに、今のイサイにとっては何十年も昔のことに思える。それは少年の面影を、その端整な容姿に未だ残していた十八歳の終わりのことだった。 「この痛みはどこから来るのだろうか……」  抜け殻のように生き抜いた五年のあいだに麻痺したはずが、鬱蒼とした森の冷然とした空気に触れた途端、冷え冷えとした感覚が蘇る。忘れられない悲しみの瞬間へといざなわれ、胸が痛んでならない。イサイは体をあたためようと、馬上から垂れるマントを引き寄せた。王の息子を表す深紅のマントは高価なものだが、寒々とした感情が引き起こす震えを止めることは出来なかった。 「ナグロ!」  声が枯れるまでその名を叫び、涙に濡れた頬を鼓動を止めた胸に押し当てていたあの夜のことが思い浮かぶ。イサイは独り身の粗末な部屋を笑いながら眺めていた。何気ないひと時の甘やかな空気が、一夜の慰みを求めた男が放つ淫靡な熱で湿り気を帯びたのは、男が死と引き換えにした程に強く望んだからだろうか。  イサイは男の熱い吐息に恐れをなした。後ずさる足は逃げ場を失い、この身に起きたことを思う間もなく、視界の全てを覆い尽くす巨体に抱きすくめられていた。そしてその夜、初々しさに煌めく瞳に隠者の如き深い悲しみと苦悩を映し出させた男―――ナグロは熱いうねりにわななきながら、欲望と嫌悪の狭間に揺れるイサイの悩ましい瞳に問い掛けていた。 「私が憎いか?」

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