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第1話

「駄目だって、駄目、ダメ……ッは、あ」 「兄ちゃんだって、もう限界じゃん」  弟の栄樹(えいき)にするりと股間を撫でられ、久樹(ひさき)はぐっと腹筋に力を入れた。どれだけ誤魔化そうとも、勃起しているのを隠すことは出来ず、部屋着のジャージは起立してしまっている。 「本当に? どうしても? 駄目?」  顔を近づけてくる栄樹の瞳は、久樹よりほんの少し色素が薄く茶色がかっている。その眼球に映る自分は、明らかに発情していた。  仕方ない。頭のどこかで、そう囁く悪魔の自分がいる。幼い時から可愛がっていた弟が、自分の服でΩの巣作りしている所を見て、愛しいと思わないのは不可能だった。しかし自分達は、兄弟だ。義理の兄弟でも父や母の連れ子でもなく、歴とした血の繋がった兄弟だ。両親も健在で、栄樹はまだ実家に住んでいる。兄弟同士で、こんなこと。そう囁く理性を持った自分もいる。  久樹はαで、栄樹はΩだ。αとしてΩのホルモンにそそられるのは本能だが、久樹は最後の最後まで、理性で抵抗するつもりだった。  そのために、家まで出たのだ。  あの決心を思い出せ、と脳内で自分を諭す。「家からでも大学に通える」という栄樹や両親の声を遮り、一人暮らしを始めた自分を思い出せ、と。紛れもなくあれは、栄樹のためでも、自分自身の為でもあった。 「兄ちゃん……」  栄樹の濡れた瞳が、久樹は可哀想で仕方なかった。はぁ、はぁ、と浅い呼吸を繰り返している栄樹は、とても辛いのだろう。これは、〈巣〉を暴いてしまった自分の責任でもある。ぶわっと溢れ出ているホルモンが、否が応でも久樹を興奮させた。性器は射精を望んで疼いていたし、額からは汗が流れる。αとして、栄樹のうなじに意識がいくことも避けられなかった。 「いいじゃん、俺達、つがいになろうよ。だって〈運命〉なんだから」  栄樹もまた、発情期で思考回路が巡っていないのは歴然だった。俺達が〈番〉になってしまったら、何もかもおしまいだ。両親にも、世間にも友達にも、誰にも顔向けできない人生を送ることになる。  ぬる、ぬる、と栄樹がペニスを久樹の腹に押しつけてくる。我慢汁で肌がべたべたと濡れてよく滑った。部屋着の上は、いつの間にか剥ぎ取られてしまっている。栄樹は全裸だ。勃起し、乳首もピンと立たせ、よだれが垂れているのもかまわず、発情にとりつかれた顔をしている。へそ辺りにペニスを擦りつけられ、じわ、と自分の我慢汁がジャージに滲んだのが分かった。  栄樹と久樹はあまり顔の似た兄弟ではないが、その分身体のパーツが似ている。くびれから下が引き締まり骨盤の浮いた下半身も、体毛が薄めの所も、肩幅や乳首の位置も、自分と似ている。似ているが、間違い探しのように、少しだけ違う。ペニスも大きさはほとんど一緒だが、久樹は皮が薄くずる剥けているのに対し、栄樹は皮が被った所から亀頭が顔を出していた。  弟の勃起しているペニスを見るのは、無論初めてだ。しかしこの熟れた後の性器を見ることが、必然だったようにも思える。 「ん、兄ちゃん、」  ずるん、と後ろ手にジャージとボクサーパンツを脱がされ、自分のペニスが外気に触れる。勃起は、すでに痛いほどだった。 「ちょっとだけ、待って、すぐ準備できるから、俺、Ωだから」  俺、Ωだから、というのは栄樹の口癖でもあった。ある種の劣等感も感じていたのかもしれない。世の中でほとんど差別がなくなったとは言え、Ωがαやβに比べて愚鈍だったり、努力が必要だったりすることは否めない。  Ωは、女性のように――無論女性のΩも居るが、男性のΩも、女性のように――潤滑液を体内から分泌することが出来る。それは身体の構造上、男性のΩも妊娠できることと関係があるのだろう。  栄樹は尻の穴を自分で広げたようだった。中はぐちょぐちょに濡れているから、入り口を慣らせばすぐ挿入る、と言った。何を挿れるかは聞くまでもなかったので、止めるべきだと最後の良心が叫んだが、その理性は欲望によってブツンと切られた。 「ッあ! ……っあ、ぁあ、にい、ちゃ、」  栄樹のアナルが降りてくるのを待たずに、久樹は自分から穴を穿った。ずちゅん! と厭らしい音が響く。中は熱く、うねっていて、久樹の挿入を待っていたかのようにぴったりとペニスを包んできた。前立腺の位置も、最奥の性感帯も、一度挿入しただけで把握できるほど、ふたりはぴったりだった。 〈運命〉と栄樹は言った。久樹もずっと、そう思っていた。〈運命の番〉が存在するのであれば、弟以外にあり得ないと。だからこそ、こうならないように細心の注意を払ってきた。しかしもう、このしっくりと一つになる感覚を味わってしまった後では、どうしようもないだろう。 「あっ……兄ちゃ、――ッ、あ、ぁアッ」  恍惚とした表情で、栄樹が胸になだれ込んできた。こうなってしまえばもはや変わらないと、下半身の衣服も脚で脱ぎ捨てる。生まれたままの姿で、ふたりは重なり合った。久樹が行った抵抗は何もかも、結局無意味だった。  拒んでいたキスを久樹の方からしてやる。栄樹は夢中になって舌を絡めてきて、その舌がやたらと甘かった。今までの誰とも違う味――これが〈運命〉か、と久樹は舌打ちをし、さらに強く栄樹の中に打ち付ける。ぴったりと前立腺を狙って。栄樹はもう、目を白黒させながら快感に浸っている。 「んんッ……は、あ、……ッあ! あっ、やだ、やだ兄ちゃ、おかしくなっちゃ……っ」 「お前が誘ってきて、今さらやだもないだろ――」  そう言うと、栄樹はコクコクと必死に頷き、自分からも腰を揺らしてきた。兄ちゃん、久樹兄ちゃん、と喘ぎ声の合間にそれだけを連呼する。自分は〈兄ちゃん〉で、栄樹は〈弟〉なのだとその度に心が傷む。しかしその傷みは、もう快感に屈していた。  首にすがっていた栄樹が、ぐいっと力をかけ、久樹ごと身体を起こした。対面座位の格好で、腰を打ち付け、唇を貪り合う。あまりにもいけないことだった。あまりにも道徳に反していて、それにすら、興奮した。 「うな、じ」  栄樹が、それだけ言い、繋がったまま身体を反転させる。浮いた背骨の上、久樹とそっくりの猫っ毛の髪の毛が揺れる下に、まっさらなうなじがある。ここを噛むと、αとΩの〈番〉が完成する。それは契約であり、束縛であり、〈普通〉の番であれば異性でも同性でも、結婚と同様の社会的効力を持つ。既婚者が作った番や、親族間などでは、認められていない。しかし、すぐにでも射精しそうな情欲の中で、誰がこの白いうなじを噛まずにいられただろう。  ぷち、と犬歯が皮膚を貫く音がした。「あ」と栄樹が仰け反り、二人は同時に射精した。  すべてが後の祭りで、二人はただ、二人になってしまった。

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