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憎くて愛しい俺のエネミー 3
俺は女神の寵愛を受けて生まれてきた。
天は二物を与えず。
誰もが聞いたことのあることわざを真っ向から否定する存在。それが俺だ。
第一に俺は見た目がいい。女子いわく『絵本から王子様が出てきたみたい』とのことだ。
女子たちがそう思うのも無理はない。俺はノーブルに整った顔立ちをしている上に、栗色がかったさらさらヘアの持ち主だ。肌だってニキビひとつない。
身長は一七八センチ。あと二センチ欲しかったところだが、日本人にしてはなかなかの長身だろう。
第二に俺は頭がいい。自宅学習なんてほとんどしていないにも関わらず、学年五位以内の成績を収め続けている。我ながらたいしたものだ。
第三に俺は運動神経がいい。興味のある部活動がないため帰宅部で通しているが、あちこちの運動部から勧誘の声がかかるほどだ。
第四に俺は性格もいい。女子の人気を一点集中させておきながら、男の友人も数多いのがその証拠だ。
二物どころか四物も備えた存在。それがこの俺、木村史路だ。
俺が女神の寵愛を信じて疑わなかったのも無理はないだろう。
が、しかし、それも過去の話だ。
地獄へ突き落とされたいま、俺の耳に聞こえるのは女神の歌声ではなく、悪魔の哄笑だった。
はあ……と溜め息が出る。いかんいかん、とぐっと息を呑みこむが、少しの間をおいてまたもやはあ……と溜め息が出る。
朝から何度目の溜め息になるのか。二桁なのは間違いない。
溜め息を吐いたところで、
『今日の史路くん、アンニュイで素敵……』
と、見蕩れてくれる可愛らしい女の子はここにはいない、という事実に、またまた溜め息が出る。
東京から約二時間。
ここもまた東京なのだが、東京ではあるのだが。
電車に揺られ、バスに乗り換え、やってきたのは緑とダムばかりの東京の果て。
俺は東京で生まれて、小六で引っ越すまでは東京で育ったが、今日このときまで生まれ育った世界有数の大都市に、このような場所があることを知らなかった。
どこもかしこもビルが密集していると思っていたわけではないが、まさかここまで緑一色の世界が同じ東京にあるだなんて。なんだか異次元に彷徨いこんだような気分だ。
バスを降りて少し歩くと、目的の建物があった。なくてもいいのに。
はあ……とまたまたまた溜め息。
今日からおよそ一年もの間、男しかいない世界で、顔も見たことがない相手と、ひとつ屋根の下どころかひとつドアの向こう側で暮らさなくてはならないなんて。
地獄だ。これぞ正しく生き地獄だ。
俺がノイローゼになって病院に収容されたら、さすがの母さんも反省するだろうか。……いや、こんな軟弱な息子はわたしの子じゃないと見捨てられるかもしれない。あまり期待せずにおこう。
ぴたりと足を止めて、右手にそびえる建物を見上げる。
灰色の高い壁はまるで牢獄だ。誰ひとりここから逃すまいと、いかつい大男が太い両腕で建物を取り囲んでいるように見える。
涛川大学付属高等学校 春宵寮
それがこの建物の名前だ。
今日から卒業までの約一年、この俺がぶちこまれる牢獄だ。
転入試験も、転入手続きも滞りなく終わり、母親は無事入籍を済ませてしまった。
母親の新しい夫となる男は、物腰が柔らかくて穏やかそうな人だった。気が強く、さばさばを通りこしてばさばさしている母さんとはまるで正反対だが、だからこそあの母親にはぴったりの相手だと思う。
ふたりが愛し合っているなら俺にはなにも言うことがない。言ったところで逆襲されるだけだということは、嫌というほど学習している。
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