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憎くて愛しい俺のエネミー 2
「あなたがまともにひとり暮らしなんてできるわけないでしょ。家事なんてろくにやったことがないんだから。ジャンクフードばっかり食べて、不健康極まりない生活になるのが目に見えてるわ」
「だからっていくらなんでも勝手すぎるだろ! 再婚に反対したりしないし、上海にいくならいけばいいよ。でも、転校するのだけは嫌だから。俺はみんなと一緒にいまの学校を卒業したいんだよ」
「あら、そう」
母さんの口調は果てしなく軽い。どうでもよさそうに言うと、キュウリの漬け物を口へ運んだ。
「まあ、それは史路の自由だから好きにすればいいわ。学校へ通いながら生活費や学費を稼ぐのは大変だと思うけど、自分で選んだ道なんだからがんばってね」
「……は? それどういう意味だよ」
「言ったとおりよ。親の意向に逆らうのに、お金だけ出してもらおうなんて、そんな甘い考えは持ってないわよね。だったら生活費や学費は自分で稼ぐしかないじゃない。言っておくけど、このマンションは売りに出すから。いまのうちにアパートを探しておきなさい」
母さんはにっこり笑った。にこやかな表情なのに、俺の目には悪魔の笑みにしか映らない。
「そっ、い、いくらなんでもひどくない!? 再婚も、上海にいくのも反対しないって言ってるんだから、せめていまの高校に通わせるくらいしてくれたっていいだろ!」
「これはもう決めたことなの。涛川に転入して寮生活を送るか、自活していまの高校に通い続けるか。好きなほうを選びなさい」
選びなさいだって?
この二者択一のどこに選択の余地があるというのだ。
俺は女子から王子様みたいと謳われた顔を限界まで険悪にして、母さんを睨んだ。
「あらなに、その毛を逆立てた仔猫みたいな顔は。言いたいことがあるならはっきり言いなさい」
「……前々から思ってたけど、母さんは横暴だよ!」
どん、と拳を叩きつけると、テーブルの食器ががちゃりと揺れた。
「そうよ、わたしは横暴よ」
地球が丸いのと同じくらいわかりきったことでしょ、と言わんばかりの口調だった。
「っていうか、あなた見え見えなのよ。ひとり暮らしをすれば、いつでも彼女を家に呼べる、とでも思ったんでしょ。愛欲にまみれた生活なんて誰がさせるものですか」
「愛欲って――」
それが多感な年ごろの息子に向ける言葉だろうか。
「あなたって、あなたの父親に似てそそっかしいところがあるんだから。愛欲まみれの生活なんて送ろうものなら、相手の子をうっかり妊娠させかねないわ。あなたが十代のパパになるのは勝手だけど、わたしはまだおばあちゃんになりたくないの」
「いや、あの、ちょっと待ってよ」
「あら、反論があるの? わたしを納得させたいなら、普段どうやって避妊してるのか言ってごらんなさい」
「ひ、避妊?」
「言っておくけど、外出しなんて避妊のうちに入らないわよ」
「――――」
「射精しなかったら精子が出ないなんて、大間違いだから」
……俺が白旗を上げるまで、この言葉責めは続くんだろう。いったいどこの世界に息子を言葉責めする母親がいるというのだ。まあ、ここにいると言われたら返す言葉がないのだが。
俺はがっくりと項垂れた。母さんに抵抗した俺が馬鹿だった。勝てないとわかりきっていながら勝負をしかけるのは、愚か者のすることだ。
「……わかった、わかりました。その涛川って高校へ転校するよ。転校すればいいんだろ」
かくして俺は全寮制男子校という名の地獄へ落ちることになったのだった。
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