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憎くて愛しい俺のエネミー 17

「いちばん最初にやる権利を持ってるのが寮監督、つまり岸田さんなんだよ。俺が風呂に入れって言った意味がわかったか?」  森正は机の上に肘をつき、根性の腐りきった悪者みたいな表情で俺をながめている。  俺は我知らず左右の手を握りしめていた。ぎゅっと作った拳が震える。怒りのあまりにだ。 「ふざけるな……! 誰がそんな役を引き受けるか! おまえらみんなして頭がどうかしてるぞ!」 「おまえの意志なんかどうでもいいんだよ。ここではそういうルールなんだから、ここにいる以上は従わないわけにはいかねーの。……岸田さんのあとは、寮の序列順だな」 「ルールって、そんな無茶苦茶なルールがあるか! 俺は絶対に従わないからな!」 「まあ、逆らうのも従うのもおまえの自由だけどな。おとなしく従っておいたほうが身のためだぞ。寮の奴らによってたかって輪姦されるよりは、ひとりずつ相手にするほうがまだマシだろ」  言葉を失う。  俺の目の前にいるのは誰だ。こんなのは俺のよく知っている森正じゃない。俺がこの世でたったひとりライバルだと認めた男なんかじゃない。  俺の知っている森正は獰猛で、喧嘩が大好きで、だけど弱い奴に暴力を振るったりなんて絶対にしなかった。 「岸田さんが終わったら、次は俺だな」  俺は肩をびくっと揺らした。信じられない思いで森正を凝視したが、かえってきたのは森正らしくない目つきと微笑だけだった。 「岸田さんにちゃんと慣らしてもらってこいよ。あとでゆっくり可愛がってやるから」  拳の震えが止まった。  殴る。  俺はいまからこいつをぶん殴る。  殴って殴って殴りまくって、こいつに正気を取りもどさせてやる。それが幼馴染みとしての俺の役目だ。 「森正……! 歯を食いしばれ!」  俺は椅子から立ち上がりざまに拳を振り上げた。ノックの音が聞こえたのはちょうどそのときだ。 「岸田だけど、木村はいるか?」  ドアの向こうから聞こえてきた声に、俺は拳を振り上げたまま硬直した。 「岸田さんのご登場か。せいぜいご奉仕してこいよ。寮監督には気に入られたほうがなにかと得だぞ。おまえを気に入ったら専属にしてくれるかもしんねーし。まあ、せいぜいがんばれよ」  嘲笑うような口調だった。  俺は森正を睨みつけた。食いしばった歯がぎりっと音を立てる。  森正と岸田先生をまとめてぶん殴ってやりたかったが、いまの俺は森正との喧嘩に明け暮れていたころの俺じゃない。殴り合いの喧嘩をしたのは小六のときが最後だったし、空手は中一のころにやめてしまった。一対一ならまだしも、複数の男を相手に勝つ自信はない。 「おい、木村、森正。どっちかいないのか?」  がちゃがちゃと音を立ててドアノブが揺れる。さっき鍵をかけておいたのが幸いした。 「へーい、いま開けますよ」  森正は椅子から立ち上がると、ドアへ向かった。  まずい。森正に正気を取りもどさせるのは後まわしにして、とりあえずこの場から逃げ出さなくては。 「おまえには失望したぞ、森正克寛……! その腐った根性、できるだけ近いうちに叩き直してやるから覚悟しておけ!」  俺は森正が振り返るのを待たずに、窓の外へ飛び出した。

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