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憎くて愛しい俺のエネミー 16

 俺は勉強机の椅子にどさっと腰を下ろした。  かたづけたばっかりの部屋を散らかされるわ、得体の知れないモモンガに迫られるわ、ポッキーは勝手に食われるわ、森正は俺を覚えていないわで最悪だ。  もう嫌だ。こんなところにあと一秒だっていたくない。家に帰りたいと切実に思ったが、帰るべき家は母親が売っぱらってしまった。いまとなってはこの春宵寮だけが俺の居場所だ。  俺は両腕に顔をのせて、隣に座っている幼馴染みでありライバルでもあった男をギッと睨みつけた。  こいつさえ俺を覚えていたら、いまからでもいいから思い出してくれたら、ここまで荒んだ気持ちにならずに済んだのに。  俺が睨んでいるのに気づかないはずがないのに、森正は俺を見ようともしない。昔は違った。睨みつければ不敵な笑みか拳のどちらかが返ってきた。  ……だめだ。腹立たしいのを通りこして泣きたくなってきた。 「そろそろ風呂に入っといたほうがいいんじゃねえの」  ようやく俺を見たと思ったら、森正は唐突に言った。 「風呂? いや、まだ早いだろ。夕食を食べ終わってからでいいよ」  窓の外はかなり暗くなってきているが、焦って風呂に入るような時間でもない。なんだっていきなり風呂に入れと言い出したのか、と疑問に思って視線を向けると、森正は嫌な感じの笑みを浮かべた。 「そろそろ岸田さんがここにくるころなんだよ」 「岸田先生が?」  俺の脳裏に浮かんだのは白髪交じりの髪をした、なかなか見栄えのする男性教師だ。  岸田先生の訪問と俺の入浴に、いったいどんな因果関係があるというのだ。 「汗臭いと岸田さんに嫌がられるぞ。いまのうちに風呂に入っとけって。つうか、おまえ、岸田さんからなにも聞いてねえの?」 「いや、特には聞いてないけど……。なんの話だ?」  そこはかとなく嫌な予感が立ちのぼってきたのは、森正がまるで森正らしくない表情をしているせいだ。唇に浮かんだ陰湿な笑みは悪意すら感じさせる。  この男は俺の人生においてもっとも腹の立つ相手だったが、中身はいたってさっぱりしていた。少なくとも俺が知っている小学校六年生までの森正はそうだった。 「ここじゃ転入生は性欲処理担当なんだよ」 「……は?」  せいよくしょりたんとうがすぐには漢字に変換できなかった。 「ま、転入生なんて滅多にこないから、いつもは身体が小さくて女のかわりができそうな奴がやらされることになるんだけどな。幸いっつーのか、今年はおまえが転入してきたからさ。ここ男しかいないだろ? そーゆー奴が必要なんだよ」  ……俺はありとあらゆる能力に秀でているが、言語能力もなかなかのものだと思う。その俺の素晴らしい能力を持ってしても、森正の言っている意味を理解するのには少々時間が必要だった。理解するのを脳も心も全力で拒否したからだ。  つまりこいつらはこの俺に、男のアレを手や口であれこれさせるつもりでいるらしい。  あり得ない。

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