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憎くて愛しい俺のエネミー 24

「な、なんで、おまえ、えっ、いっ、いつ、いつ俺が俺だって気づいたんだよ!」 「いつって最初からわかってたっつーの。おまえみたいなすっとこどっこいでバカでアホでマヌケな奴、忘れようと思ったって忘れらんねーよ」 「誰がすっとこどっこいだ! つうか、気づいてたなら最初から言えよ! 赤の他人みたいな顔しやがって!」 「おまえがご主人様見つけたわんこみたいなかーいい顔するからだろ。ちょっとからかいたくなったんだよ。俺がぜーんぜん覚えてまっせーん、って態度取ったらどういう反応すんのかなーって。おまえが必死になって思い出させようとするから、こっちは笑いを堪えるのに大変だったっつーの」 「あー、ひょっとして、森正と噂の転入生って昔からの知り合いとか?」  訊いてきたのは二児のパパだ。 「小学校が同じだったんだよ。一年から六年までクラスもずっと一緒で。幼馴染みって奴だな」 「へー、転入生が幼馴染みって、そりゃまたすごい偶然だな。で、その幼馴染みがなんだっていきなりおまえに殴りかかったのよ」  二児のパパの疑問にはたと我にかえった。  そうだ、俺はこいつをぶん殴ろうと決意して食堂までやってきたんだった。 「森正、おまえよくも人を騙してくれたな! あと二、三十発、と言いたいところだけど、俺を覚えていたことに免じてあと五発で許してやる。殴ってやるからおとなしく立て」 「なんだよ、まだやんのかよ?」 「当たり前だ! たかが一発で俺の怒りが収まると思うな。さっさと立て!」  森正は俺に殴られて赤くなっている頬をさすりながら立ち上がった。 「木村くん、もう許してあげなよ。ふたりの間になにがあったのか知らないけど、森正がおとなしく殴られてあげるなんて、反省してる証拠だよ。だから、ね?」  俺は清田の科白を鼻先で笑った。どうやら清田は森正という男をまったく理解していないようだ。 「反省なんていう殊勝な二文字がこいつの辞書にあるわけないだろ。こいつはな、俺を舐めきってるから俺の拳をよけようともしなかったんだ。……そうだろ、森正」 「よくわかってるじゃねえか、シロ。おまえごときに殴られたところで、痛くもかゆくもねえよ」  森正は顎を上げると、ものすごく憎たらしい顔で笑った。  その顔へ向かって拳を振りかざすと、手の平で食い止められた。視線と視線が至近距離でぶつかる。目を細めて睨む俺に対して、森正は子供のころから見慣れているふてぶてしい笑みで返してきた。  拳が頬に食いこみ、口の中に血の味が広がった。俺はたたらを踏んでよろめいた身体を立て直すと、反動をつけて森正の腹に膝を打ちつけた。そのお返しとばかりにもう一発、拳が頬にぶち当たる。  清田が必死になってなにやらわめいているが、俺の耳には意味のある言葉として届かない。たぶん森正もそうだろう。  こいつは最初から俺が俺だとわかっていた。俺のことは忘れようと思っても忘れられない。そう言った。  殴った拳も、殴られた顔や蹴り上げられた腹も痛いのに、俺は笑いたくてしかたがなかった。  どうして少しでも疑ったりしたんだろう。森正が、俺が終生のライバルと認めた男が、俺を忘れたりするはずがなかった。どれほど美しく成長したところで、森正には、森正にだけは俺が俺だとわかるはずだ。  どれほど変わり果てた姿になったとしても、俺にだけは森正が森正だとわかるように。  心臓の風穴がふさがる。  森正のかたちをした弾丸が穴に食いこむことによって。  この日、俺と森正は寮にもどってきた岸田先生に怒鳴られるまで、五年と半年ぶりになる久々の喧嘩を楽しみ続けたのだった。    第一章 憎くて愛しい俺のエネミー 終

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