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憎くて愛しい俺のエネミー 23

「……なあ、こいつ誰だよ」  不審そうな目を俺に向けてきたのは、森正の向かい側に座っている猫と狐を足して二で割ったような顔つきの生徒だ。赤茶色の髪をつんつんに立てて、耳にはいくつもピアスがはまっている。 「あ、ひょっとして、こいつが噂の転入生?」  森正の隣に座っている別の生徒が、横から口をはさんできた。前髪をオールバックにして、後ろでひとつに結わえている。  森正もでかいがこいつもでかい。ひょっとしたら森正よりでかいかもしれない。その顔はとても高校生には見えない。二児のパパと言われたほうがしっくりくる。  森正はふたりの言葉を無視して、俺についていた枯葉を指でつまみ上げた。 「楽しかったか? 岸田さんとの鬼ごっこは」 「……ああ、おまえのおかげですっごく楽しめたぜ。その礼に、今度は俺がおまえを楽しませてやるよ。……立て、森正!」  森正の胸倉をつかんで、無理やり立ち上がらせると、椅子ががたんと大きく揺れた。 「おい、いきなりなんなんだよ、おまえ!」  キツネネコが立ち上がりながら怒鳴る。 「ちょっと木村くん! 暴力はだめだよ。まずは話し合いで――」  清田が焦ったようすで声をかけてくる。  なにもかもがどうでもいい。森正を殴る。いまの俺にはそれしか考えられない。 「歯を食いしばれ!」  大きく拳を振り上げて、森正の顔めがけて振り下ろす。すっかり忘れていた衝撃が骨に響く。  森正はよけようともしなかった。まともに俺の拳を左の頬に食らった。  馬鹿みたいな嘘を吐いたのを猛省して甘んじて殴られた――いや、そんなわけがない。そんな殊勝な奴じゃない。よけなかったのは俺を舐めきっているからだ。  むかつく。殴ったのにますます腹が立ってくるのはどういうわけだ。胸倉から手を離すと、森正の身体はすとんと椅子にもどった。 「勝手に座ってんじゃねえよ! まだまだこれからだぞ。さっさと立て!」  俺は森正をどやしつけたが、森正は立ち上がるどころかテーブルに額をつけて大きく項垂れた。  ……ひょっとして立っていられないくらいのダメージを与えてしまったんだろうか。  俺は焦ったが、森正の肩が小刻みに震えていることにすぐに気がついた。押し殺した笑い声が、森正の喉から洩れ聞こえてくる。  殴られたくせに笑うとはどういう了見だ。笑ってしまうほど俺の拳に威力がなかったとでも言うつもりか。 「……お、おい、克寛、どうしちゃったんだよ。つうか、なんでおとなしく殴られてんだよ」  キツネネコは心配そうな表情で森正の肩を揺すった。森正はそれでも笑い続けている。 「なに笑ってやがる、森正! 笑えなくなるまで殴ってやるから、さっさと立ちやがれ!」 「木村くん、いいかげんにしなよ! いくら相手が森正だからって一方的に殴っていいわけないだろ」 「……だって、おまえ」  震える声でうめくように言ったのは森正だ。  俺の、キツネネコの、二児のパパの、清田の目が一斉に森正へ向く。 「あんな馬鹿みたいな嘘を信じるとか……あっ、ありえねーだろ。あんときのおまえの顔――ぽかーんってなったと思ったら顔引きつらせて。なんだあの顔。顔芸上手すぎるだろ、おまえ――あー、くっそ、思い出すと腹がいてえ。腸がねじれる。もうやだ。死ぬ。笑い死ぬ」  ……人を騙しておきながら笑い物にするとは素晴らしい根性だ。  森正の声は笑いのせいで震えているが、俺の拳は怒りのあまり震えている。いまなら怒りのパワーで地球だって真っ二つに割れる気がする。 「……言いたいことはそれだけか?」  怒りも度がすぎると逆に脳が冷えることを、俺は生まれて初めて知った。 「あと二、三十発ぶん殴ってやるからさっさと立て!」  森正はゆっくり顔を上げた。胸倉をつかもうとした手が中途半端に止まる。  俺は息を呑んだ。森正が子供のころそのままの顔で笑っていたからだ。 「久しぶりだな、シロ。小六の一学期以来だから、もう六年ぶりくらいになるんだな。元気にしてたのか?」 「な……」  目と耳を同時に疑う。  シロ。  森正は俺をシロと呼んだ。小学生のころとおんなじように。

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