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第3話
兄さんが帰ったのは二十二時前だった。
ノックするとドアの向こうから「昭継?」と聞こえ、返事をする前にドアを開けた。「おかえり」も言わずに聞いた。
「ねぇ、彼女とキスした?」
こっちを振り返った兄さんはびっくりしたような、固まったような表情をしていた。「目を丸くする」ってこういうことなんだなって、思わず吹き出しそうになった。
「だって、好きになったらそういうことするんでしょ? セックスだって──」
「昭継! 着替えるから出てって」
くるりと向けられた背中がやけに大きく見えた。肩幅だって背だってもうとっくに、うんとおれより大きいのに、それなのに「キス」とか「セックス」とかにいちいち照れるんだ。もう高三だろ? 彼女とこんな遅くまで遊び歩いて、その女といずれそんなことをしたいって考えてるくせに。
おれの上で勝手に気持ちよくなってニヤけた顔をしたあの主将を、同級生は「まーちゃん」と呼んでいた。おれの二倍はありそうな分厚く大きな胸板に、くっきりと並んでいた二つのほくろ。控えめな兄さんのとは違って、それは何か特別な力の象徴のようにも見えた。兄さんの胸のほくろは、まだあの頃のように小さくて人差し指の先ぐらいの間隔で並んでいるんだろうか。
「なっ、んだよ。あき、つ、ぐ」
シャツを脱ぎ、インナーだけになった背中にしがみついた。力は兄さんのほうが強いんだろうけど、すぐそばにあるベッドへ倒れ込むのは造作ないことだった。
みぞおちのあたりに馬乗りになり、シャツの中へ両手を滑り込ませてたくし上げ脱がせた。驚いて開いたままの唇に吸い付き舌を突っ込んだ。もう二度と離れてやるもんか。けど、反撃してくる前に手っ取り早く黙らせる必要がある。おれは、腰を浮かせて兄さんの制服のズボンを脱がせることにした。唇を離したら何か言うに決まっているしそれはちょっと面倒だから、顔を押し付けるようにして舌で口の中を乱暴に引っ掻き回した。
むき出しになった兄さんの下半身に手を伸ばして、確かな尖り方をしている中心をぎゅっと握ると、「なん、で? あき……」と頭の上で涙声がした。
今なら、あの時の主将や森の気持ちがわかる気がする。嫌がるそぶりをする兄さんのおびえた目も、今にも涙がこぼれ落ちそうにわななく表情も唇も、どうしてか目に入るものすべてが昂らせてくれる。兄さんの体は汗をかいていて、手のひらをつけるとしっとりとした生温かさが伝わってくる。その温度だけで思わず声が出そうになる。
陸上で引き締まった兄さんの両脚を肩に乗せながら、「兄さん。男ってさ、初めてした相手のことをずっと忘れないっていうじゃん? 兄さんもそうなのかな。彼女とはまだしてないんでしょ? だったらおれのこと、一生忘れない?」
刺激が強すぎたのか、兄さんは首を振るだけの気力しか残っていないようだった。初めての相手。そう口にしてフッと笑いがこみ上げた。主将や森とのアレはセックスなんかじゃない。一方的に嬲られて穢されただけだ。小学校の時のアレだって決して。
「好きだよ。兄さん、おれずっとまぁちゃんが好きだったんだ」
投げやりなわけではないと思う。自分をないがしろにしているつもりもない。ただ、あんなことがあって、もともとそれほどきれいな人間でもなかった自分の中身が真っ白に曇ってしまったようで、大事なものもそうでないものも見えなくなっている気がした。
いつかカレーを食べながら一緒に見たあの映画の歌にさ、こんな歌詞があるんだ。
「きみを思うことが僕の生きている意味なんだ」って。
映画のストーリーはあんまり憶えていないけど、あの歌を思い出すたびにあぁそうだよなって思うんだ。
兄さんを好きで、いつか兄さんを支配したいって気持ち。それが僕の生きている意味なのかなって。
end
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