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第46話

「怖いといえば、永徳を……放っておけないって言った友達なんだけど、永徳をたまに怖いと思う時がある」 「どんな時?」 真剣な眼差しの慎吾にうーんと思い出すように視線を彷徨わせた。 「真剣な顔の時かなぁ。佑真さんは俺の中で怖いって感じると兄さんを思い出すから過呼吸になったんだろうって――」 「過呼吸まで起こしたのか!?」 驚く慎吾に頷くと眉間に皺を寄せ難しい顔で考え込みだした。 「翔は何でそんなに永徳だっけ?放っておけないって思うんだ?」 「永徳はさ、いつも笑ってるんだよ。でもそれがほとんど無理して笑っててさ、無理して笑うなよって言ったらそれに気づいたのは俺が初めてだって、話を聞いていくうちに放っておけないなって」 「お前と似ているからか?」 まだ難しい顔をしながらゆっくり顔を上げ俺を見つめるわかり過ぎるくらい俺の事をわかっている慎吾から目を逸らした。 「翔は永徳ってやつと自分を重ねているんだろ」 「それってダメなことなのか?」 「ダメとは言わないが、翔と永徳は違うだろ」 佑真さんと同じ事を言う慎吾に苛立ってくる。 「同じだよ!俺には佑真さんや慎吾がいたけど、永徳には俺しかいないんだよ……そんなの放っておけるわけない……」 俺だって慎吾や佑真さんがいなかったらひとりぼっちだった。どうして慎吾や佑真さんにはそれがわからないのかと苛々してしまう。 「落ち着け。お前が永徳から何を聞いたのか知らないが、翔だってトラウマの話をしたのは俺と五十嵐さんくらいだろ。お前なら知り合って半年くらいの友達に話していたか?」 「佑真さんには話しただろ」 詰め寄る俺を制しながら静かに訊ねる慎吾にそれでも何か言い返したくてぼそっと呟いた。 「俺が、だろ。あの時の状況と違うことくらいわかっているだろ」 諭すように話す慎吾に腹は立つけど確かに慎吾の言う通りだ。 慎吾とはもう6年の付き合いになるし、佑真さんは兄さんの同級生だ。他の知り合いに話そうと思ったかと聞かれればきっと話そうと思っていない。 俺は俺のトラウマを永徳にも話そうとは思わなかった。 「翔、俺はな、お前の怖いって気持ちは直感じゃないかと思うんだけど」 「直感?」 首を傾げる俺にわからないかと溜息をつきながら慎吾が話し始めた。 「今にして思えば、お前が五十嵐さんに惹かれていたからそばにいて欲しいと思ったんだろ。同じように思われていたらどうするんだよ」 「永徳が俺の事を好きになるかもって事?それはない」 きっぱり言い切る俺を見る慎吾の目がなぜ?と問いかけてくる。 「だってそれは――」 「お前だって最初は自分の気持ちに気付いてなかっただろ」 「永徳が好きなのは佑真さんだから」 「はぁ!?」 慎吾が何を言っているんだというような顔でまじまじと俺を見てくる。 「永徳はその……男しか好きにならないんだって、それで佑真さんの事が好きなのかって聞いたらそう言ってたんだよ」 慎吾を納得させようとしながら勝手に話してごめんと心の中で永徳に謝った。 「五十嵐さんの事が好きだって言ったのか?」 「はっきりとは言ってないけど多分……」 「多分!?」 何で慎吾はこんなに動揺しているんだ。いつも冷静な慎吾がこんなに動揺していると俺まで不安になってくるじゃないか。 「いいか翔、お前は鈍感だ。そして単純だ。つまり馬鹿なんだよ」 大きく息を吐き俺の肩に手を置いた慎吾が真面目な顔で失礼な事を言い出した。 「喧嘩売ってるなら買うけど?」 俺の短所を並べる慎吾の手を払いのけて軽く睨んだ。 「五十嵐さんに永徳が男しか好きにならないって言ったのか?」 「言ってないけど……」 「じゃあ永徳に五十嵐さんと付き合っているって言ったのか?」 「言ってないけど……」 「ほらみろ、馬鹿じゃねぇか」 慎吾の質問攻めにだんだん自信を失くしていく俺にとどめの一言が言い放たれる。 「だって言う前に佑真さんを好きなのかなって気付いたんだからしょうがないだろ!」 「俺に彼女ができても気付かないお前がそんなこと気付けるわけないだろ」 「おっまえ!もっと優しく言えねぇのかよ!」 素っ気ない慎吾の言葉は的確だ。だからこそ腹が立つ。 だいたい何でこんな話になってんだよ。 「直感……」 「何?」 小さく呟いた俺に慎吾が聞き返す。 「直感の話どこいったんだよ」 「だから今してやってるだろ。お前には危機感がなさすぎるんだよ。五十嵐さんが怒ったのもそれじゃないのか」 俯きぼそぼそと話す俺に慎吾が呆れたように大きく溜息をついた。 「どうして佑真さんも慎吾も永徳が悪いみたいに言うんだよ!」 「そうじゃないだろ悪いのはお前だろうが」 慎吾の言いたいことも佑真さんの言いたいこともわかるようでわからない。 悪いのは俺なのはわかるけど、納得ができなくて苛立つ。 「もういい!」 「翔!いい加減にしとけ!」 立ち上がり出て行こうとする俺を呼び止める慎吾の強い口調に思わず身体が固まってしまう。 「わっかんねぇよ……慎吾も佑真さんも何が言いたいのかわかんねぇんだよ……」 その場に座り込む俺の頭を優しく撫でながら俺の前に慎吾がしゃがみ込んだ。 「もしも……永徳に何かされたら辛い思いをするのはお前だろ。俺も五十嵐さんも翔が心配なだけだよ」 静かに響く考えもしなかった言葉にゆっくり顔を上げると慎吾の吸い込まれるような漆黒の瞳が心配そうに揺れていた。 「危機感ってそういう……?」 「だから鈍感だって言うんだよ」 苦笑しながら泊まっていくのかと聞く慎吾に帰るよと笑みを返した。

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