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「潤歩。彼はウチの新人の亜利馬だよ。俺達と同じグループになるから仲良くしてやってよ」 「新人だ? こいつが?」  潤歩が俺を指さして言った。その腕にはブレスレットやらストーンやらがじゃらじゃらと付いていて、爪には黒いマニキュアが塗られている。ウルフというより悪魔みたいな男だ。 「クソチビのガキじゃねえかよ。レーベル間違えてんじゃねえの」  物凄い言われようにムッとなったが、残念ながら俺には、こんな怖そうな男に口答えできるほどの度胸はない。仕方なく黙ったまま俯くと、獅琉がこの悪魔──潤歩の肩を叩いて「まあまあ」と宥めてくれた。 「亜利馬は確かに『ボーイズ』向けって感じだけど、岡崎さんがスカウトした子だから間違いないと思うよ。大雅(たいが)だって始めはどうなるかと思ったけど、ちゃんとメインのレーベルで頑張ってるじゃん」 「大雅はもっと大人っぽかっただろうが。第一印象もこんなガキじゃなかった」 「とにかく契約もしたし、決定事項だから文句は駄目だよ。それに、山野さんだって納得してたんだからさ」 「……クソが」  言い返せなくなった潤歩が俺を睨み、吐き捨てるように言った。 「一発目に俺と絡ませろよ。二度とメインに出ようなんて思わなくさせてやる」 「それは会社が決めることでしょ」  獅琉が良い人だった分、潤歩の怖さが余計に際立ってしまう。俺は体の前で両手を組み、教師やバイト先の店長に叱られているような気持ちになってひたすら俯いていた。とにかく無言でやり過ごすしかないと思ったからだ。  ……だけど、メインとかレーベルとかって、一体何だろう。ひょっとしたら同じグループでも弟分的な立ち位置のものとか、そういうのがあるんだろうか。確かに獅琉と潤歩を見る限りだと、俺よりも少し年上のお兄さん系というジャンルに属しそうだ。この二人と比べたら俺はガキっぽいし田舎っぽいし、決して同じ毛色ではないかもしれない。  潤歩が怒るのも当たり前なのかな。 「………」 「ほら、亜利馬が黙っちゃったよ。潤歩言い過ぎ。謝ってあげなよ」 「ざけんな。おいガキ、お前この業界初めてなんだろ。何でまたやろうなんて気になった」  潤歩に質問――というか詰問されて、俺は縮こまったまま呟いた。 「……子供の頃から、憧れてたからです」 「はぁ?」 「ずっと俺も、……才能なんてないけど、やってみたいって思ってて。大変なこと沢山あると思うけど、簡単な気持ちでやろうと思ったわけじゃありません。俺は俺なりに考えて、親とも相談して、絶対に頑張るって決めて、上京してきました」 「………」  獅琉と潤歩が茫然と俺を見ている。二人とも口が開いていた。 「頑張ります。何もかも初めてだから、上手くできるか不安ですけど……。皆さんの足を引っ張らないように努力します。なので一緒にやらせてください。何でもします……お願いしますっ!」  二人に向かって勢いよく頭を下げ、きつく目を瞑る。精一杯の気持ちをぶつけたつもりだった。すると――ふいに、「ぷっ」と獅琉が噴き出して笑った。 「面白いね、君。今の若い子ってこんな感じなのかな。それとも、何か勘違いしてる?」 「え? ど、どういう意味ですか」 「あのね、亜利馬。俺達の仕事は……」 「おい、黙っとけ獅琉」  潤歩が獅琉の発言を制し、俺の前に顔を突き出して笑う。物凄い悪巧みを思い付いた悪魔のような笑顔だった。 「今の台詞忘れんなよ。せいぜい頑張ってもらおうじゃねえか、亜利馬くんよ」 「は、はい……」 「あー、楽しみになってきた」  言いながら潤歩がズボンの尻ポケットからスマホを取り出し、俺に向けてカメラのシャッターを切った。 「後でSNSにあげちゃろ。新人の第一日目の間抜け顔」 「やめなよ潤歩。可哀想だろ」 「いえ、獅琉さん大丈夫です。ガンガンアップしてください!」  知名度は上げておいて損はない。潤歩のアカウントからなら、きっと発信力も高いはずだ。 「子供の頃からの夢か。絶対に頑張るってか。マジ傑作」  俺の発言に大笑いしながら、獅琉の冷蔵庫を勝手に漁る潤歩。意味が分からないけれど馬鹿にされているということだけは理解して、俺は「ぐうう」と唇を尖らせた。  獅琉が椅子をひいて俺の背中を押し、座るよう促す。 「取り敢えず座ってコーヒーでも飲んで、亜利馬の話聞かせてよ。一緒に組むんだからお互いのこと知っておいた方がいいだろ」 「すいません、ありがとうございます」  獅琉の優しさに救われているようなものだ。これで獅琉も意地悪だったら、俺は尻尾を巻いて地元に逃げ帰っていたかもしれない。 「獅琉、俺にもコーヒーくれ。お前んち、良さげな飲み物全然ねえじゃん」 「いいけど、人んちの冷蔵庫の中身に文句言うなよな」  それから三人でテーブルを囲み、俺の自己紹介を兼ねた雑談をした。これといって俺には面白い話なんてないけれど、獅琉はしきりに俺の過去の恋愛話を聞きたがった。 「そんな良い話なんてないですよ。俺、今まで彼女いたことないし」 「意外だな。亜利馬、可愛い顔してるから年上の女性からモテそうだけど?」 「全然です。男子校だったし、バイトもおじさんが多い所だったので」  獅琉に作ってもらったアイスコーヒーのストローを啜りながら、つい苦笑する。モテるのは俺でなく目の前の二人だろう。潤歩だって性格はアレだけど、見た目だけでいえばファンは多そうだ。 「そんじゃお前、童貞かよ」 「……わ、悪いですか」 「ケツは使ったことあんのか」 「あるわけないでしょ! な、何言ってんですか」  潤歩と獅琉が顔を見合わせ、何やらアイコンタクトして頷き合っている。 「でも、エロいことには興味ある?」 「何なんですか、獅琉さんまで……」 「単純に聞きたいだけ。オナニーとか週どんくらいしてるの?」 「い、言いませんよ!」  その王子様みたいなハンサム顔でオナニーなんて言わないで欲しい。聞いているこっちが真っ赤になってしまうじゃないか。 「言えよ亜利馬。新人は隠し事禁止って、俺らの中で決まってんだよ」 「………」  潤歩の鋭い眼に睨まれ、俺は仕方なく白状した。 「……週に、三回くらいですけど」 「え? 十八歳にしては少ないね。それで平気なの?」 「別に少なくねえだろ。俺も学生の時はそんなモンだったぞ」 「潤歩はセフレがいっぱいいたからでしょ。どエロいのばっか揃えてたじゃん。学校でも毎日ヤりまくってたしさぁ」 「そういやあいつら今頃何してるんだろ。ちゃんと今でも俺でオナッてくれてんのかな」 「当時のハメ撮りとか流出しちゃえばいいのに」 「何だと獅琉、てめえ」 「あはは。――って、あれ。どうしたの亜利馬っ」  俺は椅子に座ったまま前のめりになり、鼻を押さえていた。鼻血が出たのだ。 「わ、わ。大丈夫? ティッシュ、ティッシュ」 「す、すいません……」  二人の会話を聞いていただけで鼻血が出るなんて、情けないにも程がある。だけど童貞の俺には刺激が強すぎて、興奮を抑えることが出来なかったのだ。 「おい、大丈夫かよお前……」  流石の潤歩も引いている。俺は鼻を拭きながら天井を仰ぎ、しばし黙って心を落ち着かせた。

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