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 ミルクティカラーのふわふわの髪。白い肌に優しい顔立ち。背が高くて明るい声の、笑顔が美しい王子様だった。 「よ、よろしくお願いします」 「俺は獅琉(しりゅう)。君は?」 「え、ええと……亜利馬、です」 「いい名前だね」  差し出された右手を取り、握手を交わす。獅琉と名乗った王子様の手は温かかった。 「これから一緒に活動するわけだけど、一応俺が君の世話係というか……色々教えてあげることになったよ。他のメンバーにも紹介したいんだけど、皆今日は休みで事務所に来てないんだ。後でちゃんと紹介するよ」 「は、はい。ありがとうございます。よろしくお願いします」  獅琉のような男と同じグループだなんて、俺は引き立て役か、バラエティ要員だろうか? さっきまでのテンションがほんの少し萎んでゆくのを感じながら、俺は獅琉の手を放した。 「あの、岡崎さんは?」 「仕事に戻ったよ。それで紹介したいのが、俺達の――」  獅琉が言いかけたその時、ドアが開いてスーツ姿の男が入ってきた。 その男に向かって、獅琉が明るい声で言う。 「山野さん。新人くんが来てくれたよ」 「ああ」 「亜利馬。こちらは俺達のマネージャーっていうか、色々面倒みてくれてる山野一郎さん。ここでの仕事の話とかは全部、山野さんが持ってきてくれるよ」 「よろしくお願いします。亜利馬です!」  この人がマネージャー。これからお世話になる人、山野さん。  三十代くらいだろうか? 綺麗なお兄さんといった感じだけどあまり表情がなく、取り敢えずの愛想笑いを浮かべる俺を見ても少しも笑ってくれない。 「よろしく。それじゃあ亜利馬。自分で書ける範囲でいい、プロフィールを作るからこの書類に記入してくれ」  紙とペンを渡されて、俺はその場で空欄を埋めていった。名前、年齢、身長体重、血液型に好きなもの、苦手なもの。俺がそれを書いている間、山野さんは無言で腕組みをして俺を見ていた。時折腕時計に視線を落とし、指先でトントンと自分の腕を叩いている。何だかせっかちそうな人だ。 「か、書きました」 「ああ。それじゃあ獅琉、頼んだぞ」  山野さんが書類を持って部屋を出て行った。再び獅琉と二人きりになったわけだが――獅琉だって「アイドル側」なのに、新人の面倒なんて頼んで良いのだろうか。そういうのは事務所の人の、それこそマネージャーの仕事のはずだ。 「亜利馬。それじゃあ一旦、俺達の住んでる寮に案内するよ。今日のところは何もすることないしね」  ――何か、雑だなぁ。  そんな思いが顔に出たらしく、獅琉が俺の肩を叩いて笑った。 「明日から撮影の打ち合わせとか始まると思うから、今日はゆっくり休んでいいよ。ここまで来て疲れただろ」  撮影の打ち合わせ。そのワードだけで胸が高鳴る。  獅琉に続いてビルを出ると、来た時の晴天が嘘のようにどんよりとした雲が空を覆っていた。 「降りそうだなぁ。急ごうか」  ビルから寮までは徒歩で行けるらしい。俺は獅琉の横を歩きながら、大通りをカッコいい車がビュンビュン走っていく光景に見惚れていた。相変わらず賑やかでお洒落な店も多く、歩く人達がみんな芸能人に見える。交差点も歩道橋も路地裏も、全てが映画のワンシーンみたいだった。 「基本は一人一人マンションの部屋を借りてるんだけど、亜利馬は当分俺のとこかな。すぐ空きの部屋用意してくれると思うから、少しの間我慢してね」 「何か、すみません。転がり込む形になっちゃって」 「いいよ。一人より誰かと生活した方が楽しいしさ」  その笑顔にホッとして、つい俺も笑ってしまう。獅琉が優しい人で良かった。ハンサムで優しいなんて反則だ。そういえば獅琉ほどの男なら普通に人気もありそうなのに、テレビや雑誌で見たことがない。……まだ駆け出しなのだろうか? 「このマンションね。うちの会社と専属契約結んでる人達の寮なんだ」 「おっきい……」  見上げた建物は五階建てで、部屋数もかなりありそうだ。この部屋全部に芸能人とその卵が住んでいるのか――やっぱり都会はすごい。  獅琉の部屋は五階の角部屋だった。中はすっきりと片付いた1LDKで、一人暮らし用だからかそこまで広くはないものの、それでも俺の実家の部屋と比べたら断然広くて綺麗だ。 「荷物は適当に置いてね。しばらくはソファで寝てもらって、後は好きにしていいよ。飯とか風呂は一人ずつでも一緒でもいいし」 「飯はぜひご一緒したいですけど、風呂は」  獅琉ほどのハンサムなら一緒に風呂に入ってもいいけど、取り敢えず愛想笑いで返しておく。 「亜利馬。始めにスカウトされた時、仕事の説明って岡崎さんからどんな風に聞いてる?」  ダイニングの椅子に座った獅琉が、俺にも椅子を勧めながら質問してきた。スカウトされた時……興奮しすぎて覚えてないけれど、確かテレビ出演とかDVD販売とか、ファンとの交流イベントとか、そんなことを言っていた気がする。 「あ、あとは動画サイトでチャンネル作って宣伝したり、って……」 「ふうん。まぁ、間違っちゃないけど……」  どこか呆れた表情で、獅琉がテーブルに頬杖をついた。 「獅琉さんは今、どんな仕事をしてるんですか?」 「ん。俺は新作DVDの撮影だよ。今度のは俺がメインになるから、他のメンバーよりちょっとだけ忙しい」 「凄い! 主役をやるんですか!」 「主役……うん。……主役、かな……一応」  歯切れの悪い言い方をするのは照れているからだろう。俺は目を輝かせて先輩スターを見つめ、もっと仕事の話を聞こうとテーブルに身を乗り出した。 「映画の撮影とかも?」 「映画はないけど、ロケでハワイ行ったりはしたよ。温泉とかリゾートホテルとかね」 「すごい! 獅琉さんならファンも多そうだし……」 「たまに会社通してプレゼントもらったりするよ。ファンイベントとかは好きだけど、目の前のお客さんを楽しませようって思うと撮影とは別の大変さがあるよね」 「えええ、すごい……」  何を言われても驚いてしまうし、同時にわくわくしてしまう。俺も獅琉のようになれるだろうか。歌や演技には自信ないけれど、空き時間はたくさん稽古して少しでも足を引っ張らないようにしないと。 「お、俺も頑張ります。びしびし鍛えてください、獅琉さん!」 「偉いね。その気持ちを忘れないようにね」 「はいっ!」  決意を固めたその時、獅琉の部屋のインターホンが鳴った。 「あれ、お客さんですか」 「誰だろ? あ、もしかしたら……」  ダイニングの壁に取り付けられた小さなモニターには、何やら派手な恰好をした男が映っている。 「やっぱウルフだ。ちょっと待っててね亜利馬」 「う、ウルフ?」  また随分とワイルドな名前だ。モニターに映っているのは紫色の髪をツンツンに逆立たせた、耳にも唇にもピアスがついているロックな感じの男だった。文句があるのか下唇を突き出した仏頂面で、ポケットに手を突っ込んでだるそうにしている。 「来てくれたんだ、潤歩(ウルフ)」  獅琉が玄関のドアを開けると、ウルフ青年が無言のまま面倒臭そうなブーツを脱いでずかずかと部屋に上がり込んで来た。廊下からすぐのダイニングで立ち尽くした俺を見て、眉間に皺を寄せている。 「こ、こんにちは。亜利馬です」 「………」  怖い。どうして何も言ってくれないんだろう。

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