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亜利馬、初めての撮影でヤバいことになる
翌日。獅琉と一緒に例のビルの会議室へ行くと、そこには既に潤歩と山野さん、それから初めて見る顔の二人がいた。
獅琉がその二人に気付いて声をあげる。
「あっ、大雅に竜介! 昨日はどこ行ってたんだよ、新人くん紹介したかったのに」
「悪かった。大雅に誘われて、ちょっと出掛けてたんだ」
苦笑で答えたのは、潤歩とはまた違うタイプのワイルドな人だった。座っていても分かる体の大きさ、逞しさ。無造作に振り乱した、焦げ茶色の肩まである髪。甘い顔立ち。低いのによく通る声。
「亜利馬。この人は俺達のグループで最年長の竜介。二十三歳ね」
「よ、よろしくお願いします……」
「よろしく。なかなか画面映えしそうな新人だな」
低音ボイスで褒められて、若干赤くなってしまう。
「そんでもってこっちの大人しい方が、大雅。亜利馬と同じ十八歳だけど、ちょっとだけ先輩だね」
「は、初めまして。亜利馬です、よろしくお願いします」
金髪に白い肌。グリーンのカラーコンタクト。他の三人と比べると少し小柄で、だけど獅琉に負けないくらいの王子様って感じの整った、それでいて儚げな顔立ちだ。俺と同い年の大雅は相当大人しい性格らしく、俺に向かって小さく会釈をしただけで何も言葉を発さなかった。
「よし。ではこれで五人揃ったな。みんな座ってくれ」
スーツに眼鏡の山野さんが静かに言って、俺と獅琉も席についた。
「四人には前に説明した通りだが、今日から新人としてデビューが決まった亜利馬を加えて、お前達計五人で新しいグループを作る。グループ名は『ブレイズ』だ。当面のリーダーは獅琉に決定した」
「トップモデルの売れっ子は違いますな」
「へへ」
潤歩に肘を突かれてはにかむ獅琉。
山野さんが手元の書類を捲りながら続けた。
「メインレーベルで『ブレイズ』のシリーズを五月中に一本リリースする。第一弾は全五話のオムニバス形式で、一人一話ずつメインモデルとなって出演してもらうことになった。それぞれの内容は未定だが、一本目だから恐らくそこまでハードなものにはならないだろう」
「『ブレイズ』以外のシリーズにも出ていいのか? 俺は『監禁凌辱』の第三弾に出る話があるって聞いたが」
竜介が山野さんに問うと、無表情のまま山野さんが頷いて言った。
「問題ない。撮影のスケジュールが決まったら教えてくれ。――確か、大雅も一本出演が決まってたな」
「……ボーイズレーベルで、『放課後即ヌキ部』ってやつ。……来週から撮ると思う」
「………」
監禁凌辱。放課後即ヌキ部。……タイトルだけで妄想が膨らんでしまい、天井を見上げて小さく深呼吸を繰り返す。
「亜利馬、大丈夫? 鼻血出そう?」
「だ、大丈夫です」
「それから、亜利馬」
急に名前を呼ばれてハッとし、俺は即座に返事をした。
「は、はいっ!」
「お前の撮影はこの後だ。デビュー作の一話目に入れる自己紹介インタビューとオナニーの撮影が一本ずつ。本番の撮影はまた日を改めるが、相手役は獅琉と潤歩の予定だ」
「わ、やった! よろしくね亜利馬」
「はあぁ? 何で俺が……クソッ!」
獅琉と潤歩。この二人と、俺は。
「っ……! ……、……!」
「亜利馬、鼻血垂れてる!」
「きったねーなぁ、てめえ! ティッシュ使え、オラ!」
慌てる俺達三人を、竜介と大雅、それから山野さんが茫然と見つめていた。
*
山野さんの話が終わってからしばし時間があるということで、俺は獅琉に「レーベル」についての質問をした。
「簡単に言うと、ジャンル分けしてるってことだよ。インヘルコーポレーションでは、『メインレーベル』と、『インヘルボーイズ』、『メンズインヘル』、『インヘルスィート』の四つのレーベルがあるってわけ」
メインは普通のモデルが行なう比較的オーソドックスで一番人気のあるもの。『ボーイズ』は二十歳未満とか童顔のモデルが学生服などを着て行なうもの。『メンズ』は少しマニア向けで内容もハードなものが多い。『スィート』は男の娘やニューハーフものだそうだ。
「大雅もやってるけど、亜利馬も『ボーイズ』でもいけそうだね。制服似合いそうだし」
「うーん、なるほど。確かに、スィートとメンズ以外なら……」
「ていうか、話聞いてるだけで鼻血出してたけど大丈夫なのかい?」
ふいに頭をぽんと叩かれて見上げると、咥え煙草の竜介が俺の横で笑っていた。
「撮影現場で流血はまずいぞ」
「だよねー。慣れれば大丈夫だと思うけど……。今日これからの撮影はオナニーだから、まだましかな?」
「あ、あの。それって当然、自分でしてる所をカメラで撮られるってことですよね? ちゃんとできるかな……」
「大丈夫だよ。指示通りにやればすぐ終わるから」
「ほ、本当ですか……? ていうか、ちゃんとその、……勃つモンなんですか?」
縋るような目で獅琉と竜介を見つめると、向かい側のテーブルで雑誌を読んでいた潤歩が鼻で嗤って言った。
「情けねえこと言ってねえで、プロならどんな状況でも勃たせろよ」
「そんなこと言ったって……」
竜介の大きな手が俺の頭をぐりぐりと撫でる。
「懐かしいね。俺にもオナニーで戸惑う時期があったっけ」
「竜介はオナニーから入ったんじゃなくて、スカウト当日に車内で即尺されたんでしょ」
「ああ、そうだった。確かあの時は――」
「ストップ。亜利馬がまた鼻血出ちゃうから、その話は後でね、竜介」
気を遣わせてすいません、リーダー。
それから俺は山野さんにもらったインタビューの内容に目を通し、頭の中でそれに対する回答を何度も作り込んだ。そこまで難しい質問じゃない。好きなものとか特技とか、後は少しエッチな質問とか、その程度だ。
大丈夫。やるって決めたんだから、やらないと。
「……トイレって、どこですか?」
「出て左だよ」
「ありがとうございます。ちょっと行ってきます」
会議室を出てトイレに入ると、中にはいつのまにか部屋からいなくなっていた大雅がいた。掃除が行き届いた綺麗なトイレの鏡の前で、しきりに前髪を整えている。
「大雅、くん」
「……呼び捨てでいいよ」
「あ、そう? じゃあ、大雅」
「なに」
「えっと……」
特に内容なんて決めていなくて、話しかけておきながら口ごもってしまう。
「ええと、大雅はどうしてこの仕事を?」
そして結局、しょうもないことを聞いてしまった。言いたくないことだってあるはずなのに、つい口から出てしまったのだ。俺と同い年の大雅が決意を固めた理由を聞けば、俺にも何か見えてくるんじゃないかと思った結果だった。
「……別に。俺、あんまり人と関わるのが上手くないから」
「え?」
「学校にも馴染めなかったし、社会にも馴染めない。……この仕事なら撮影の時だけ自分が集中すれば終わるでしょ。俺にできる仕事って考えたら、AVか売り専か、その辺りが丁度いいと思ったから……。売り専は客の対応しないとだけど、AVならその必要もないし」
「………」
意外にも重い答えが返ってきて、俺は何も言えなくなってしまった。大雅はそんな俺に目もくれず、ひたすら鏡の中の自分を見つめていた。
「……そんな深く考えてないよ、俺は。だから可哀想な奴って思われても、何とも思わないし」
「そんなこと、思ってないけど……」
「頑張ってね、新人の亜利馬くん」
すれ違いざまに素っ気なく言われ、大雅がトイレを出て行った。
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