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 さっきの部屋に戻った俺は、潤歩の助言通り心を落ち着かせてソファに座った。 「大丈夫か亜利馬。いけそうか」 「……はい。やってみます」  山野さんに向かって力強く頷き、時が来るのをじっと待つ。  ――聴牌は和了(ホーラ)のチャンス。麻雀なんて少しも知らないけど、今の俺はこの言葉に縋るより他ない。  多分、そんなに大したことじゃない。誰かと「そういうこと」をするわけでもないし、自分のペースでやれば済むことなんだ。ここにいる人達は趣味で集まっているのではなく、仕事として自分の役割を果たそうとしている。だったら俺も、俺の役割をきちんと果たさないと。 「………」  予想すると、初めの突破口を抜ければ後は楽なはずだ。  俺の場合はまず「見られる」ということに対しての恥ずかしさを払拭しなければならない。だから多分、パンツを下ろしてしまいさえすれば、色々と吹っ切れるんじゃないだろうか。  まずは、「見られる」ことに慣れないと。 「亜利馬くん、そろそろいいかな?」  川中さんがやって来て、また俺の正面のソファに座った。 「は、はい。大丈夫です」 「ええと……一応やりやすいように、エッチな雑誌とか持ってきたんだけど。どうする?」 「え? ざ、雑誌ですか」 「うん。女の子のグラビアとエロ本もあるし、イケメンのグラビアもあるけど。好きなの選んでくれてもいいし、見ないでやってもいいよ」  川中さんが幾つかの雑誌をテーブルに置いた。  確かに何か意識を集中できるものがあれば、それに越したことはないけれど…… 「いえ、大丈夫です。見ないでやります。たぶん俺、何見ても鼻血出ると思うんで」 「そっか。いいよ、オッケー。頑張ってね! あ、そうそう。イく時はちゃんと『イく』って言葉にして合図してね」 「は、はいっ!」  そうして、いよいよ撮影が始まった。  俺の初めての撮影。初めての仕事。――大丈夫。上手くいく。  深呼吸して、俺は肚を決めた。 「2、1――スタート」  ソファを離れて部屋の隅に移動していた川中さんが、ニコリと笑って俺を見た。このシーンは特に何も喋らず、俺が射精すれば終わりだ。二階堂さんも山野さんも真剣な顔で俺を見ている。俺も真剣にやらないと―― 「………」  ひとまず立ち上がり、震える手でベルトを外し、ファスナーを下ろす。弛めのジーンズはすぐに俺の腰から床に落ち、あっという間に下着があらわになった。ほら、あっという間だ。この調子でいけばすぐ終わる。 「う、……」  後は、下着を下ろすだけ。三枚千円で買った安いボクサーパンツだ。いつまでもこんなものを晒しているわけにはいかない。さっさと脱がないと。先に進まないと。  パンツのゴム部分を掴んだ俺は、その恰好のままで再び深呼吸をした。自分の心臓の音がうるさい。何でもいいから音楽をかけて欲しい。 「………」  早く。早く脱がないと。早く――早く! 「――だっしゃああぁぁッ!」 「わっ、……びっくりした」  川中さんの驚きの声をかき消すように雄叫びをあげながら、俺は一気にパンツをくるぶしまで下ろした。  や、やった。脱げた。取り敢えず脱げた。  さて、ここからだ。 「………」  悲しいほどに萎えている自分のそれを握り、揉むように手を動かす。ソファに座っても立ったままでもいいと言われているから、俺はこのまま最後まで男らしく自分の足で立つことを決めた。 「んっ、……」  予想通りなかなか反応してくれないが、不思議と俺は冷静だった。頭の中で考えるのは竜介が言っていた「監禁凌辱」、大雅が言っていた「放課後即ヌキ部」――どんな内容なのか妄想を膨らませつつ、十八年間付き合ってきた自分のムスコを揉みしだく。 「は、ぁ……」  次第に息があがってきた。だけど下はまだ緩く反応している程度で、握っても柔らかいままだ。いつも自分でしている時は、もう片方の手で、…… 「お」  二階堂さんが小さく声を漏らすのが聞こえた。俺がシャツを捲って乳首を弄り出したのが相当意外だったみたいだ。でもやっぱり、いつものスタイルの方がやりやすい。すぐに体に火が点く感覚があって、俺は荒い息を吐き出した。  頭の中で想像する。制服姿の自分が、放課後、監禁されて凌辱される姿。  無理矢理に脱がされて、下着を下ろされて、扱かれ、乳首を抓られる姿を――。 「んっ、あぁ……」  自分で自分をネタにするのは何だか気恥ずかしいけれど、それ以外に妄想できることがない。これでいかないと。いい具合に勃ってきたし、今下手に妄想の中身を変えるよりは、このまま自分をネタにして進めた方が上手くいくはずだ。  だって俺は、男の裸で興奮するわけでは―― 「っ……!」  思った瞬間、妄想の中の自分が、……獅琉に変わった。 「あっ……!」  あの整った顔が苦痛に、または快楽に歪み、白い頬が上気し、均整の取れた肉体が男達の手によって穢されてゆく――そんな光景が脳裏に広がる。  獅琉は男達のそれを美味そうに口へ含んでいた。乳首を吸われて悶えていた。自身のそれを扱かれ、逆に含まれ、声をあげて鳴いていた。 「く、は……嘘、っ……あぁっ、……」  一気に屹立が激しくなるのを感じた。 「やっべ、ぇ……」  握った手に力が籠る。扱く速度が速くなる。体液がテーブルに飛び、俺はもう片方の手を胸元から離して下半身の、屹立したそれより下にある膨らみを軽く握って揉んだ。精液が溜まっている感覚がある。せり上がってくるのが分かる。ここまでくればもう、後は時間の問題だ。  あと少し――あと、ほんの少し。  ――亜利馬。もうイきそうだね。  妄想の中で裸になった獅琉が、俺を誘う。あの優しくて甘い声で、俺の耳元に囁いている。  ――いいよ、俺が見ててあげるから。我慢しないで、全部出して。 「あっ、あ……もう、だ、めだ、……イく、……イくっ――!」  屈強なカメラマンが担ぐ撮影用のデカいカメラが、俺の下半身に寄った。程なくして先端から飛んだ白い体液が、目の前のテーブルへ付着する―― 「あ、……」  カメラがテーブル上の体液を撮り、そこからまた俺の下半身へ、少しずつ上がって上半身、そして射精したばかりのとろけた顔へ移動する。 「はぁ、……は、ぁ……」  俺は目も口も半開き状態で茫然としていた。 「カット」  二階堂さんが手を叩き、カメラが俺から引いて行く。川中さんが俺に向かって親指を立て、山野さんが腕組みをしたまま頷いているのがかろうじて視界に映った。  終わった、……のか。 「お疲れ様、亜利馬くん。良かったよ!」  誰かが俺にそう言った瞬間、鼻からつう、と血が垂れた。 「わ、誰かティッシュ取って!」 「………」  獅琉をネタに抜いてしまった……。

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