14 / 58
潤歩、彼氏モード発動
産まれて初めての本番撮影。
産まれて初めてのセックス、に、なるかもしれない撮影。
別にこの歳まで自分の操を大事にしてきたわけじゃないけど、俺の初体験が大勢に見られるというのは何だか複雑な気持ちだ。
しかも、その相手というのが……
「すっげえ、乗り気じゃねえんだけど。本番中に鼻血噴いたら、マジでお前再起不能にするからな」
「はあ。……俺だって不本意ですし。初めてはどうせなら獅琉さんが良かったし」
「何か言ったか」
「い、いえ。何も言ってないです」
初めて俺を抱く男。
まさかそれが、潤歩になるなんて。
「今回の撮影は潤歩と亜利馬、獅琉と亜利馬で一本ずつだ。獅琉のスケジュールの関係で、先にお前達から撮ることになった」
俺と潤歩の心の内など全く配慮していない素っ気なさで、山野さんが言った。
「シチュエーションは『先輩と後輩』、街中でのデート風景から公園に移動してイチャついた後に、潤歩の自宅というセット部屋で本番の撮影となる」
潤歩が嫌そうに俺を見た。
会議室には俺達三人。何だか重い空気が漂っている。
「……街中で撮影するんですか?」
思わず質問すると、山野さんが腕組みをして頷いた。
「何も手を繋いで歩けとは言わない。普通の友人と歩いている感覚で、自然にやってくれればいい」
「自然に……」
ということはすなわち、これは「演技」。ドラマや映画ではないけれど、俺がずっとやりたかったことだ。
「公園でイチャつくって、どの程度だよ?」
潤歩の質問にも、山野さんが顔色一つ変えずに答える。
「ベンチで会話して、キスをする程度だ。もちろん人目に付かないようにする」
もらった資料にはこう書かれていた。
『恋人同士風になることを意識する。亜利馬の初々しさと初体験であることを強調。潤歩がリードするが、メインは亜利馬ということを意識する。』
「この俺がデビュー作の飾り扱いとはな」
頬杖をついて口を尖らせる潤歩に、山野さんが「違う」と首を振って言った。
「デビュー作だからこそ、お前と獅琉を起用した。人気モデルで釣ってるといえば聞こえは悪いが、それよりもお前達になら任せられると二階堂さんも言っていたぞ」
「マジかよ。そういうこと?」
「そういうことだ」
おっし、と潤歩が拳を握る。
そして「任されたからには売上を保証してやるぜ」と得意げに笑われた。めちゃくちゃ単純な思考の持ち主だ。内容が内容だし、嫌々やられるよりは断然良いけれど。
「それから、この撮影で亜利馬は初めてバック挿入することになる。経験はないと聞いているが、やれそうか?」
「は、はい」
「獅琉にやり方を聞いて、簡単な道具で試しておくといい。本番でいきなりというのは効率的ではないからな」
「は、はい……そうします」
「まあ、教えるのは潤歩でもいいが」
「………」
横目で潤歩を見ると、潤歩もニヤつきながら俺を見ていて目が合った。
――潤歩と恋人同士設定って、本当に大丈夫なんだろうか。
その時、会議室のドアが小さなノックと共に開かれた。
「おはようございます……あれ?」
顔を覗かせたのは大雅だった。眠そうな目を半開きにさせて、まさに寝起きなのか髪型も少しボサついていてる。
「……山野さん。俺、今日って画像の撮影じゃなかったでしたっけ」
「大雅は明日の予定だが」
「あー……、間違えた。曜日の感覚、全然ない……。失礼しました」
「おい、待てよ大雅」
出て行こうとする大雅を呼び止めたのは潤歩だ。
「なに?」
「暇ならちょっと俺達に付き合え」
寝ぼけ眼のまま、大雅が「うん……?」と小首を傾げた。
*
全く知らなかったけれど「準備」というのは結構大変で、そして凄く恥ずかしいものだった。
「……洗う用のキットがこれね。水じゃなくてぬるま湯にするんだよ。……あと、一気に出したら駄目だよ」
「だ、大丈夫かな……このホースをお尻に入れるんだよな?」
「不安なら見ててあげるけど……」
風呂場で四苦八苦する俺に色々と教えてくれたのは大雅だった。「俺よりお前の方がバックの経験あるだろ」と、潤歩が大雅に俺への洗浄の伝授をするよう頼んでくれたのだ――が、どうにも一人じゃ勝手が分からない。
「ご、ごめん。見苦しいと思うけどそこにいてくれる? やっぱ一人だと不安かも」
「別にいいよ。そういうの気にしないし」
そうして大雅の前で洗浄を試してみたわけだが、細いホースを通じて尻の中にぬるま湯が入ってくるというのは何ともいえない妙な感覚で、思わず声が洩れそうになってしまった。
受ける側の人達はみんな、撮影前にこんな大変なことをしているらしい。いや、AVに限らず普通のゲイカップルでもそうだ。ちゃんと洗浄しないと色々大変なことになる。
「だいぶ綺麗になったね。感覚は掴めた?」
「は、はい」
「なるべくなら撮影前は食事しない方がいいよ。その方が洗うのも早く済むし……」
無表情のまま淡々と説明してくれる大雅だって、ウケ側に回る時はこれと同じことしているのだ。エチケットでありマナーであり常識でもある「お尻の洗浄」。慣れるまで少し時間がかかりそうだな、と思う。
「おい、ケツ洗ったのかよ」
そういう品のない言い方をしてくるのはもちろん潤歩だ。わざわざ風呂場にやって来て、尻丸出しの俺を見て笑いを堪えている。
「大丈夫だと思うよ。亜利馬、体拭いたらパンツ穿かずにそのまま来て。ベッドで教えるから」
「ごめん、何から何まで……」
ちなみにここは、獅琉の部屋ではない。事務所の周辺にあった安普請なラブホテルである。
獅琉は別に構わないと言ってくれそうだけど、どうしても獅琉のお気に入りであるバスルームを汚したくなくて、俺からホテルを使うことを提案したのだ。
断られるかと思ったけれど、大雅は意外にも二つ返事で了承してくれた。どうせ暇だからとは言っていたものの、昨日今日会ったばかりなのにこんなお願いをしてしまって申し訳なくなる。何かお礼しないと。
「潤歩。……先週、竜介と行ったクラブ、どうだったの」
「まあ普通。ナンパされたけどそういう気分じゃねえから断ったし」
「……竜介も?」
「ああ、あいつは女に声かけられる方が多かったみたいだけど。ちゃんと一緒に帰ったから心配すんな。ていうか気になるならお前も来れば良かったのによ」
「……クラブとか好きじゃないし……別に、心配もしてない」
ベッドに戻ると、車座になった大雅が抱えた膝に顔を伏せていた。
「あ、あの。戻りました」
「竜介は悪気なくモテる天然タラシだからな。お前が不安になるのも分かるぜ」
「不安じゃないってば」
「あの、戻りました……」
もう一度言うと、大雅が顔を上げてつまらなそうな視線を俺に向けた。
「何でタオル巻いてるの」
「あ、一応……と思って」
「必要ないから、さっさとこっち来て」
――あれ。何か怒ってる?
ともだちにシェアしよう!