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仕方なく腰のタオルを取ってベッドに上がると、大雅が透明のボトルを逆さにして手のひらに中の液体を垂らした。
「そ、それなに?」
「ローション。滑りを良くするやつ」
名前は知っているけど、それの具体的な使い方は全く知らない。滑りをよく、ということはやっぱり尻に塗るのか。
「亜利馬、四つん這いになってお尻こっちに向けて」
「……う、うん」
淡々としすぎて迷う隙すら与えてくれない大雅。俺は言われた通りベッドの上に膝をつき、大雅の方へ尻を向けた。恥ずかしい――こんなの、普通じゃ有り得ない。
「もっと腰上げてくれないと、やりづらいんだけど」
「ごめん。何かしがみついてないと、怖くて……」
「じゃあ、潤歩にしがみついてなよ」
大雅が後ろから伸ばした手で俺のシャツを掴んで引っ張り、四つん這いになっていた上体を起こさせた。
「仕方ねえな。オラ、来い。チビちゃん」
「す、すいません。失礼します」
俺の正面であぐらをかいた潤歩の両肩に手を置き、後方に尻を突き出す。支えがあるだけでも体勢的にはずっとラクだ。それが頑丈な潤歩だから更に頼もしい。俺は遠慮なくその体に体重をかけ、呼吸を整えた。
「ローション塗るよ」
「はい。――ひゃっ」
液体の感触よりも大雅の指が触れたことに驚いてしまって、つい潤歩の肩に置いた手に力を込めてしまった。
「ゆ、ゆ、指……?」
「うん、入ってる。別に痛くないでしょ」
「だ、だけど何か、変な感じっ……」
俺の中に入ってきた大雅の指が、うねうねと内部を探るように蠢いている。確かに痛くはないのだけど、その慣れない異物感というのは形容しがたい妙な感覚だった。
「ゆっくり広げるから、そのまま力抜いてじっとしてて」
大雅の抑揚のない声と視線が尻に突き刺さるようだ。目の前では潤歩がニヤニヤと笑っている。
「もう一本、指挿れるよ」
「えっ、ちょっと待っ、……んあぁっ!」
「不細工なツラだな……本番その顔すんなよ、笑っちまうからよ」
「………」
俺は歯を食いしばって潤歩を睨み付けた。その間も尻に感じるのはまさに未知の領域、新世界。
「じゃ、抜くよ」
「は、ひっ……んあっ!」
尻の穴がすうすうする。ぐったりと潤歩にもたれかかり、心音を鎮めるための深呼吸を繰り返す。大雅の指だけでこのザマだ。本番、潤歩の怪物級のアレが本当に俺の中に入るのだろうか……。
「そんじゃ次、バイブ挿れるよ」
「バイブって……もしかして」
思わず振り返ると、大雅が顔に似合わない「ソレ」を手に無表情で頷いた。潤歩のアレと比べたら断然小さいサイズの物だけど、――急にそんな異物を挿入されるなんて!
「や、やめて! ちょっと待って! それはマジで待って!」
「暴れんな、コラ」
「だ、だってだってそんなの、絶対入らな――あぁぁっ!」
ずぶ。
呆気なく、そんな擬音が頭の中で鳴り響いた。
「んあぁぁっ!」
「押し返さないで、亜利馬」
「お、押し込まないで、大雅ぁっ!」
「だらしねえな。ノーマルよりずっと小さいヤツだぞ」
「じゃ、一回抜くよ」
「ひああぁっ……!」
さっきよりもすうすうする。
「もっかい挿れるよ」
「や、やだやだ! 待って大雅、マジで休憩させて!」
「問答無用だ。挿れろ、大雅」
「嫌だあぁぁッ!」
当然鼻血は出なかったものの、俺の顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃだった。
*
そうしてやってきた、俺の本番撮影当日。
泣いても笑っても今日、俺は潤歩とセックスする。
「何回も練習したし大丈夫。俺ならできる。俺なら絶対できる。やればできるんだ……」
呪詛のように口の中で繰り返す俺を、隣に立った潤歩が呆れたような目で見ていた。
今日の潤歩はスタイリストさんが選んだ服を着ていて、白いTシャツと黒いパーカにジーンズという、普段よりずっと落ち着いた格好をしている。俺の方も私服ではなく、流行りのロゴがプリントされた七分袖の黒いTシャツとカーキ色のカーゴパンツだ。少しヤンチャっぽい感じでと言われて、ペイント柄の可愛いスニーカーまで用意されていたのには驚いた。
「デート風景では音声は入らないから、肩の力を抜いてやってくれ。普段通りでいい」
「あ、そうなんですか? 良かった……」
山野さんの言葉にようやく少しだけ落ち着くことができた。
それからもう一つ安心したのは、撮影用カメラがそれほど立派なものではなかったということだ。よく見るテレビ撮影用のデカいカメラをカメラマンが担いで、かつ音声とか照明とか色々俺達の周りに集まるのかと思っていたけれど……今回の撮影班は一人で、首から下げているそれも普通の一眼レフカメラだった。もちろん高価な物ではあるけれど、想像していたよりもずっと気楽な感じで撮るものらしい。
「よし、それじゃあ行くぞ亜利馬」
「あれ、山野さん。二階堂さんは来ないんですか?」
「監督は獅琉の撮影に行っている。代わりに俺がこっちに来た」
「まあ、そりゃそうか……」
午前十時。春風が吹く、青空の下――場所は渋谷区の、とある有名な通り。平日の午前中は人が少ない時間帯だというけれど、俺からしてみれば充分通行人は多く賑わっている。
なるべく他の人が映らないように。これは撮影班と編集の仕事になるから、お前達はとにかく気楽にやれと山野さんに言われ、俺は大きな声で返事をした。
「頑張ります! よろしくお願いします!」
「………」
潤歩は俺の隣で黙っている。
「それじゃあ、スタート」
通りの入口から一直線に歩き、長い長い通りの終わりを目指す。DVDにはそこまで多く収録されないらしいが、取り敢えず終わりを目指すのだ。
ぎこちなくその一歩を踏み出した瞬間、潤歩が「ぷっ」と笑って俺を見た。
「お前、緊張しすぎ。田舎者だって周りにバレるぞ」
「だ、だって田舎者ですもん」
「リラーックス!」
「わっ! な、何すんですかっ!」
ふいに尻を叩かれて、俺はその場で飛び上がった。
潤歩は笑っていた。いつもの意地悪な悪魔顔じゃなくて、若干幼めの、イタズラ小僧みたいな笑顔で。
――「役」に入ってるんだ。
「……う、潤歩さん。今日の服カッコいいですね。いつものロックな感じじゃないけど」
「いつもの方がカッコいいだろうが」
「俺はこっちのラフな方が好きだなぁ」
「ノーセンスの塊だな」
紫色の逆立たせた髪とピアスはいつも通りだけど。ファッションと顔付きが違うだけで、まるで別人みたいだ。
「わ、何あれ」
前方を指さすと、潤歩が俺の視線の高さに顔を合わせてきた。ふわ、と爽やかな香りが強くなる。
「ああ、新店舗がオープンするからパフォーマンスしてるんだろ。お前も風船もらうか?」
「い、いいですよ子供じゃないんだから」
すかさず撮影アシスタントの人が風船を持ったピエロの方へ駆け寄り、赤い風船をもらって戻ってきた。俺に持てというのだ。風船という小道具が増えただけで、途端にデートっぽくなった。――俺が女の子だったらの話だけど。
それから俺達は服屋の店頭商品を見たり、ふざけて肩を押し合ったり、笑い合ったりした。
撮影係よりもアシスタントさんの方が大忙しで、俺達がそこに到着する前に食べ歩き用の綿あめを買ったり、二人で自撮りをするためのスマホ(実際には何も映っていない)をナイスタイミングで潤歩に渡したりとあちこち走り回っていた。
カメラが俺達に向けられているから撮影しているというのは周りの人達も気付いたらしいが、流石は都会。この街ではそういうのは珍しくないらしく、誰一人気にしていない。数人の女の子達が潤歩を見て「わ、イケメン」と言っていたくらいだ。
最近では動画サイトに投稿するための撮影もあちこちで行なわれている。俺達もそれと同じだと思われているらしかった。
そうして約四十分かけて通りを歩き終え、一旦撮影が止まって今度は公園へ移動となった。
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