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更に潤歩が俺に囁く。
「仕方ねえ、ちょっと本気出してやるか」
「え、……あっ!」
右のわきの下から腕を入れられ、上半身をぎゅっと抱きしめられる。――あったかい……何だこれ。
「大人しくしてろよ。優しく抱いてやりてえ」
――何だその台詞。
俺は真っ赤になった顔で潤歩を見つめ、恐る恐るその背中に両手を回し抱きしめた。
「う、……ん……」
空いた方の右手で潤歩が俺のシャツを捲り、焦らすようにではなくあくまでも優しく、俺の肌を撫で始める。視線は近距離で合わせたままだ。潤歩の唇が笑う形になり、今日一番の優しい声で囁かれた。
「亜利馬。お前の弱点、ここだろ」
「え、……あっ!」
黒いマニキュアが鈍く光る潤歩の指先に、俺の乳首が軽く摘ままれる。自分で触った時とは全く違う甘い刺激に背中が浮き、潤歩のシャツを掴む手に思い切り力を入れてしまった。
「ん、あ……やだ、……」
「素直に感じとけよ。本気でお前が嫌がることはしねえ」
ゆっくりと蠢く指先がますます俺を熱くさせる。すぐに硬くなった乳首の先を捏ねるように愛撫されて、その慣れない刺激に俺の体がぶるぶると震えた。ここにきて急に、「知らない快楽」に対して恐怖心が芽生えた――自分でも訳が分からない。
「亜利馬」
潤歩が俺の目を真っ直ぐに見て、言った。
「俺を信じろ。絶対に大丈夫だ」
「……う、潤歩、さん」
震えはダイレクトに伝わっているはずだ。思わず潤歩の体にしがみついてしまったが、「なるべく顔が見えるように」と山野さんに言われたのを思い出して慌てて腕の力を弛める。
潤歩はそんな俺の心の裡を全て理解しているようで、自ら体を倒して俺がしがみ付きやすいようにしてくれた。
「撮られてることは気にするな。仕事であることも、自分が商品であることも忘れていい。――俺のことだけ考えてろ」
それは内緒話をするような囁きで。カメラにもマイクにも入らない囁きで……。
俺のことを気遣ってくれている潤歩の言葉に、切なくて涙が零れそうになる。
「き、気持ちいい、です……乳首……」
「そうか。こっちは?」
「そ、そこはっ……」
カーゴパンツの上から股の間を揉まれて、瞬時にして心臓が高鳴った。
「反応してんじゃん。さすが初めてなだけあるな」
「だ、だってそんなことされたら……!」
「てか、そろそろ脱がすぞ」
「えっ!」
潤歩の手が俺のシャツを下から上に引っ張って脱がし、それからパンツのボタンを外された。予定通りの手順だけど、潤歩が自分のシャツを脱いだ時は不覚にもドキッとしてしまった。
男の裸なんて何度も見てきたわけだから、今更興奮しない。だけど、触れ合うための裸となると話は別だ。
……俺、潤歩とセックスするんだ。
「腰、浮かせろ」
潤歩の手が俺の下着をおろしてゆく。恥ずかしいけどそれよりもどうなるのかの不安とドキドキの方が強くて、俺は黙って潤歩の手を見ていた。
「っ……」
緩く反応していた俺のそれが握られ、ゆっくりと上下に擦られる。俺は仰向けの状態で脚を開いたまま、必死に目を開け天井を見ていた。カメラが寄って俺の顔をアップにする。もちろん、それを意識する余裕もない。
「あぁっ! ――あ、っ……う、嘘……!」
突然の熱を感じて視線を向けると、潤歩が俺のそれを口に含んでいた。根元まで隙間なく包まれ、中で舌が蠢き――信じられないほどの快楽が一気に全身を駆け巡る。これをされるというのも事前に知っていたけれど、まさかここまで、……気持ちいいなんて。
「ふ、あっ! あ、あぁっ、ん……!」
意識しなくても漏れてしまう恥ずかしい声。かつてない刺激に汗ばむ体。潤歩は少しの躊躇も遠慮もなく、俺のそれを音をたててしゃぶり、中で舐め回している。頭を上下し唇で扱かれれば、開いたままの内股がびりびりと痙攣した。
「や、やぁっ、……も、やめ……!」
潤歩の口から抜かれたそれは直視できないほど屹立していた。その根元を軽く握った潤歩が、舌を伸ばして笑う。
「え、あ……あぁっ! あ、あ……そ、そこ……嫌っ……!」
とりわけ敏感な先端の裏側を舌先で舐められ、俺は弓なりに背中を逸らしてシーツを思い切り掴んだ。潤歩の舌がありえない速さで俺のそこを刺激し、もう駄目だと思った瞬間、また口の中へ一気に含まれ――
「あっ、やぁ……あぁっ! も、もう……ああぁっ!」
とにかくもう、いつイッてもおかしくないくらいに気持ちいい……!
「ふあぁ……あ、……あ……」
涎を垂らして内股を痙攣させる俺は、多分、画的にあんまり綺麗じゃないだろう。潤歩のフェラが激しくて気持ち良すぎて、頭の中がぐるぐるとろとろ状態だ。これで射精したら駄目だというから辛い。我慢なんてできるわけないのに……
「よっと」
俺の股間から顔を上げた潤歩が、口元を拭って素早く自身の下着を脱いだ。
「あー、小せえと咥えんのラクでいいわ」
用意されていたスキンを装着させて、アシスタントさんからローションを受け取っている。カメラマンの人と山野さんが何やら映像のチェックをしていた。今この時間、カメラは止まっているのだろうか。
潤歩が蕩けた俺を見て、馬鹿にしたように笑う。
「へろへろパーだな」
「だ、だって……こんなの、初めてなんですもん……」
「『初めて』はこれからだろうが」
潤歩が俺の脚を持ち上げて更に大きく開かせた。そして手のひらにローションを落とし始めたところから、再び俺達にカメラが向けられる。
「……力抜いてろよ。ゆっくり挿れるからな」
それでもって、潤歩がまた「優しい彼氏」に戻る。俺はまだぐったりしたままだ。
「んぁっ……!」
ぬるついた液体と共に潤歩の指が入ってきて、嫌でも意識がそこに向けられる。大雅に教えてもらった「力の抜き方」なんて、本番では全く実践できない。
「んっ、う……! んんっ……」
中で動いているのは潤歩の中指。指くらいなら痛いとは思わないけど、未だ慣れない感覚につい力を入れてしまう。カエルみたくひっくり返った恰好の俺は、潤歩の指一本で既に瀕死状態だ。これが気持ちいいかどうかなんて少しも分からない。
「亜利馬、大丈夫か」
「……大丈夫じゃないけど、……大丈夫です……」
天井を仰いだまま言うと、潤歩が俺の中から指を抜いた。
大丈夫。きっと、恐らく。
いつ終わるのか分からずにビクビクするよりは、早く先に進んでもらった方がましだ。
「挿れるぞ」
いよいよ潤歩のそれが俺の入口にあてがわれる。あのデカい存在物が、怪物級の巨大マグナムが、つい数日前まで一生使うことなどないと思っていた、むしろそんなの考えたことすらなかった俺の、その部分に……
「………」
「っく……」
潤歩が吐息を漏らしたのと、その腰が入ってきたのと、スキン越しに俺の中が貫かれたのと――
「いっでええぇぇッ――!」
俺が叫んだのと、……ほぼ同時だった。
*
「ったく、ふざけんじゃねえぞお前。しかも叫びながら俺の腹蹴ろうとしただろ。マジでこんなん初めてだわ。このまま企画が中止になったら今日一日の撮影がパアじゃねえか。分かってんのかよお前」
パンツだけ穿いた潤歩が、ベッドの上であぐらをかいて俺に悪態をつく。
「すいません……潤歩さん」
「撮影中断なんてよくあることだよ。初めてなんだし、気にしなくて大丈夫だって」
自分の撮影が終わってから様子を見にきてくれた獅琉が、毛布に包まり膝を抱えた俺の頭を撫でながら朗らかに笑う。
「亜利馬。頑張った、頑張った」
あの場にいた全員に爆笑されて……山野さんすら口を押えて前かがみになって笑いを堪えていて、俺はすっかり落ち込んでしまった。初めての撮影と初めてのセックスが失敗に終わってしまい、もはや自己嫌悪以外の何物でもない。
獅琉と一緒に来た二階堂さんだけが、無表情で何やら書類の束を見ている。
そして――
「亜利馬は拘束だな。口枷も用意しておくか」
そのゾッとする独り言が、俺の耳にはっきりと届いた。
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