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 それからポスター用、雑誌用、ホームページ用、その他いろいろにも使うということで再びスクリーンの前に立たされたりベッドに座ってポーズを取らされたりと、全てが終わった時には既に外は真っ暗になっていた。 「山野さん、DVDの販売はいつになるんですか?」 「五月一日を予定している。今回は『ブレイズ』のリリースも控えているから、ちょっと急ぎだな」  本当なら二、三か月はじっくり時間をかけるらしい。俺のDVDを急いで出したいというよりは、『ブレイズ』の方が急ぎなのだ。早速明日から撮影が始まると言われて申し訳ない気持ちになった。本当なら俺が潤歩との本番を失敗しなければ、もう一日早く撮影できたのだ。 「お疲れ様。今日はもう帰っていいぞ。明日は十時に来てくれ」 「お、お疲れ様でした。あの、よろしくお願いします!」  山野さんを始めまだ作業を続けているみんなに頭を下げ、撮影部屋を出る。マンションまで車で送って行くと言われたがどうせ徒歩で帰れる距離だからそれを断り、一応五階の事務所にも顔を出して挨拶し、そそくさとビルを出た。  俺はAVモデルとしてデビューする。裸とセックスを見せることを仕事とする。  憧れていた芸能人やアイドルとは違うけれど、これもまた不思議な運命なのかもしれなかった。 「おかえり、亜利馬!」 「お疲れ様です獅琉さん、今日はありがとうございました」  玄関で頭を下げると、「そんなのいいから入って入って」と腕を引かれた。 「わっ!」  ダイニングテーブルには俺の大好きなご馳走が用意されていた――すきやきの鍋だ。 「お、美味しそう」 「お祝いしようと思って今日はすきやきにしたんだ」 「肉増しでな」  当たり前のように潤歩もそこにいて、まだ誰もテーブルについていないのに早々と鍋をつついている。 「潤歩さんもお疲れ様です。ありがとうございました」 「亜利馬少年、初めてのあれこれをゆっくり聞かせてもらおうか」 「あ、竜介さん……大雅も」  寝室から竜介と大雅が出てきて、「お疲れ様」と声をかけてくれた。 「そんじゃ皆座って。亜利馬はお誕生日席ね」 「いただきます!」  五人で初めての食事。……獅琉が作ってくれたすきやきは、全ての食材に味が染みていて……凄く、温かかった。 「亜利馬、明日は撮影するって?」 「はい。十時に行くことになりました」 「明日でたぶん撮影終わると思うから、頑張ってね」 「は、はい」  明日は獅琉達のようなモデルが相手ではなく、俗に言う「ゴーグルマン」「マスクマン」と呼ばれる顔を隠した人達との撮影だ。複数プレイになるらしいが本番はなく、体を弄られるだけというから今日よりはリラックスして臨めそうではある。 「そうだ、大雅。撮影前に協力してくれてありがとう。今度ちゃんとお礼させてよ」 「潤歩、亜利馬のバージン取り損ねたんでしょ。……せっかく俺が慣らしてあげたのに」  もぐもぐと口を動かしながら大雅が言った。 「馬鹿野郎、あんなバイブと俺様のデザートイーグルとじゃ比較にならねえっつうの」 「そこもおまけで収録されてたら面白いのになぁ。俺も見たかった」 「うるせえ、獅琉! てめぇ横から入ってきて新人の初穴かっさらってきやがって」 「獅琉に新人寝取られたのか。情けないな、潤歩坊や」 「うるせえっての。笑ってんじゃねえぞ!」 「もー、怒鳴らないでよ潤歩。ご飯粒飛んでるし」  竜介は大笑いしていた。その隣で大雅はひたすら肉を食べている。獅琉が潤歩の口周りをティッシュで拭き、潤歩がむくれながらその尻を叩いた。  いい関係なんだな、と思った。 「それで、どうだ少年。この業界でやっていけそうか?」  竜介の問いかけに、俺ははにかんで頷いた。 「何とか頑張れそうです。まだまだ緊張するし、分からないことだらけですけど……」 「心配するな。こんなに先輩が揃ってるんだから、何でも教えてやれる」 「ありがとうございます。……凄く、嬉しいです」 「亜利馬、肉もちゃんと食べてね。体力つけないと」 「はいっ!」  *  その夜、風呂から出ていつも通りソファで寝ようとしていたら、獅琉が寝室から顔を出して「一緒に寝よう」と誘ってくれた。 「今日ちょっとだけ冷えるから、ソファだと寒いよ」 「あ、ありがとうございます……」  大きなベッドの中、獅琉が俺の体を抱き枕みたいにして抱きしめる。 「亜利馬、顔付き変わったね。男らしくなった」 「そうですか? 自分じゃ全然……」 「俺とのセックス、どうだった?」 「えっ、……」  唐突に言われて、俺は言葉を詰まらせた。 「後悔させてないかなって思ってさ」 「獅琉さん……」 「俺も初めては撮影だったんだけど、その時は今日の亜利馬以上に緊張してたなぁ」  獅琉の匂いに包まれながら、俺は少しだけ目を丸くさせて問いかけた。 「獅琉さんも、俺の歳まで経験なかったんですか?」 「バックはね。どっちもいけるって言った以上、断れなかったしさ。相手役のモデルがベテランだったから何とか助かったけど、今日の俺は亜利馬のこと助けられたのかなって」  そんな感じ、撮影では微塵も出していなかったのに。意外なことを気にするんだな、と俺はつい笑ってしまった。 「助かりましたよ。もちろん潤歩さんにも助けられたし。変だけど、俺の初めての相手が二人で良かったなぁって、思います……」  獅琉が子供みたいな笑顔になって、その胸に俺の頭を強く抱きしめた。……あったかいし、めちゃくちゃいい匂いだ。 「大雅にも手伝ってもらったんです。竜介さんも良い人だし、ここのみんなって凄く優しいですよね」 「良かった。……でもね、この仕事って初めは楽しくても急にナーバスになったり、意味なく突然嫌になったりする時もあるから、そうなった時はちゃんと俺や皆に相談するんだよ。一人で抱え込んだら駄目だからね」 「……はい」 「いつ辞めるのも自由だけど、急に会えなくなるのは寂しいからさ。そういう子たくさん見てきたし」 「………」  確かに、定年までできる仕事じゃない。俺達の「賞味期限」はずっと短い。その短い間に華を開かせるモデルもいれば、蕾のまま去るモデルもいる。売れるためには潤歩だって自分を殺して演技もするし、獅琉も需要があるならとハードなプレイに挑戦している。  モデルはみんな大事にされるけど、やりたいことだけをする仕事じゃない。 「せっかく出会えたんだから、消したい過去じゃなくて、……いい思い出にして欲しい」  獅琉の体を強く抱きしめ、「大丈夫です」と呟く。 「こう見えて俺、学校とバイトの無断欠席だけはしたことないですから」 「う、うん。そういうアレじゃないんだけど……まぁいっか!」  くしゃくしゃと頭を撫でられて、俺は猫みたく獅琉の胸に擦り寄った。気持ち良い。ずっとこうしていたい。 「とにかくさ、何かあったらすぐ相談してよ。竜介も言ってたけど、俺達みんな亜利馬の先輩なんだから遠慮しないで」 「ありがとうございます。獅琉さん達も、俺が変なことしそうになったらすぐ言ってくださいね」 「うん。頑張ろうね亜利馬」 「はいっ!」  それから俺達は抱き合ったまま、お互いの温もりの中で朝までぐっすりと眠った。

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