6 / 6

第6話  怜斗「俺の身体って、全部お前でできてるんだな」

「結婚……ねえ」  俺は昼食の準備をするためにキッチンに立っていた。  冷凍しておいたミートソースを解凍しつつ、パスタを二人前茹でる。スープは作り置きのコンソメがあるし、あとは副菜として怜斗が美味しいと言ってくれたポテトサラダを作ることにする。  当の怜斗にはベランダに出てピンク色に染まった洗濯物たちを干すように命じた。色移りしてしまった衣類やシーツをどうするかはさておき、日曜日くらい怜斗にも家事をこなしてほしかった。 「干せたよ、百樹。我ながら完璧だ!」  茹でたジャガイモを潰しながら遠目にベランダを見ると、なるほど、確かに測ったかのように一定の間隔で、ぴっしりと干してある。俺がテキトーに買いこんだ色がバラバラなハンガーですから、右から左にかけて小気味いいグラデーションを描いている。こういうところは几帳面なんだよな。 「ありがとう、怜斗。綺麗に干せたな」  そして褒めることを忘れない、俺。 「ところで怜斗、何で着替えてるんだ?」  日曜日の昼時だというのに、洗濯物を干し終えた怜斗は、まるで仕事に行くかのようなネイビーのシャツに同系色のネクタイ、ピンストライプのスラックス。さらに髪をオールバックに整えていた。 「実は夕方どうしても外せない打ち合わせが入ってな」 「日曜日だぞ? 正気か?」 「先方の都合でどうしても、とのことらしい。あいつらせっかくの休日を台無しにしやがって……」 「マジでクソだな。そんなやつらと仕事する意味ねえだろ。蹴っちまえよ」 「そんなわけにはいかないだろ」 「だよな……昼、用意してるけど、食う時間ある?」  ミートソースパスタだということは伏せておいた。怜斗の服は基本高級品だから、あのシャツもきっと高いんだろう。ソースを飛ばさないように器用に食べてもらうことを願うばかりだ。 「大丈夫。それに、俺だってギリギリまで百樹と一緒にいたい」 「……怜斗。ジャガイモ飛ばすぞ」  料理中にも関わらず、気づけば怜斗が背後に立っていて、俺の腰に手を回していた。妙にサワサワする触り方で、もしや怜斗はもうワンラウンドやりたいというアピールなのかと勘ぐってしまうほどだ。 「百樹……」  しかし俺の勘ぐりは外れていたみたいだ。  腰に回された手は俺の髪を優しく撫でた。 「俺の身体って、全部お前でできてるんだな」 「……え、何? 疲れてんの?」  甘い雰囲気になると思っていたのに、怜斗のセリフを俺は上手く飲みこめなかった。 「お前がいないと俺って成り立たないんだ、百樹。俺はどうしようもないダメ人間で、家事は百樹に任せてばかりだし、言われないと俺は動かないし、ヘタレだし……なのにどうしても、百樹に甘えてしまう。お前が俺をこんな男にしたんだ……」 「いやヘタレなのは昔からだろ」  俺は料理する手を止めて、背後の怜斗に向き合った。 「俺がお前をどれだけ好きだったか、いつから好きだったか知ってるか? ガキの頃からずーっと好きだったんだよ! お前がダメ人間なのもヘタレなのも頭のネジが飛んでんのも含めて好きなの。わかる?」 「俺、さすがに自分でもそこまで言ってない……」 「とにかく! 俺はお前が好きで、お前も俺を好き。どっちも結婚したいほど愛してる。それで充分だろ? わかったら少し離れろ、気が散る」  俺が片手でシッシと追いやると怜斗は立ち去った。  かと思いきや、すぐに戻って来てこう言った。 「料理中にごめん! 手を洗って左手の薬指出して!」 「は?」 「結婚しよう」  何の冗談かと思った。  俺がしばらくフリーズしていると、怜斗はうやうやしく片膝をつき、小さな箱をパカリと開けた。 「結婚しよう……百樹」  箱に収まっていたものは男の俺が着けても違和感のない、シンプルなデザインの指輪。  これって、これって。  自覚した瞬間、思わず俺はその場に崩れ落ちた。 「百樹?!」  慌てて怜斗が駆け寄る。 「ごめん急に。驚かせてしまって。でも……」 「違う……違うんだよ、怜斗」  幸せすぎて泣けてくるなんて初めての経験だった。 「嬉しくて……嬉しすぎて、俺、俺……」 「法の縛りなんかどうでもいいじゃないか……。そうだろう、百樹。これからもふたりで暮らそう」 「クソ……ッ、も、もう少しTPOを、わきまえろよ…………せっかくのプロポーズなのに……!」 「うんうん、俺が悪い。俺の顔に免じて許してくれよ」 「……バカ」  パスタの鍋が噴きこぼれるまで、俺たちは互いの身体に身を預けた。       ◇  せっかくの指輪は今夜怜斗が仕事から帰って来てから、改めてはめると約束し、怜斗にはダイニングテーブルで待つように言った。  パスタを二皿に分けてソースをかけ、適当にパセリとパルメザンチーズを散らす。  ポテトサラダとスープも準備してテーブルに運ぼうとしたそのとき、またもや怜斗が背後に立って、頭一つ高い所からジロジロと俺を見ていた。 「いや近いから。少しは離れろって!」 (新婚さんみたい♡) 「そういうプレイみたいで興奮するッ」 「口に出てるぞ」  どういうプレイだよ!  こんなバカみたいなやりとりがこの先何十年も続けば良いなと、俺は長年のパートナーに肘鉄を食らわせながら思った。  了

ともだちにシェアしよう!