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第1話 手紙
「――わぁ、びびった!お前、まったく気配がないんだけど。電気くらいつけろよな」
急に明るくなった部屋に、キャメルのピーコートにブレザー姿の甥っ子――昴 が怪訝な表情で佇んでいる。
目付きこそ悪いが、常に眠そうな二重は愛嬌があり、彫りの深い造作と相まって、端整な顔立ちである。
学校からの帰り道で冷えたのだろう。鼻が赤くなっていた。
コートの肩に、溶けた雪がシミを作っていた。
「お帰り、昴……ごめんね。外、寒かったでしょ。暖房つけておけば良かったね……ボーッとしてて……風呂も沸かしてなかった」
今日も書こうとして書けなかった手紙……
一文だけ書いて、すぐに躓いた便箋を丸め、昴に気付かれないように手のひらに握り込んだ。
情けない限りである。
持病があるばかりに、定職につくことが難しいぼくは、家事くらいしか取り柄がないのに。
「あー、別にいいぜ。風呂ならおれが沸かすし……って、チッ!」
昴は、緑色のタータンチェック柄のマフラーを外して、つけっぱなしだったTVの画面に舌打ちする。
すっきりした二枚目の松菱 颯 の出馬宣言を忌々しそうに睨み、リモコンでTVを消した。
颯は昴の父親であり、ぼくの高校時代の同級生で、かつては恋人だった男である。
家族仲が悪い昴は、父親の颯の影がちらつくと、神経質になるのだ。
「――春光 ……来て」
昴は、ぼくのことをまかり間違っても“叔父さん”だなんて呼ばない。
始めは普通に“春光 ”と呼んでいたが、昴の呼び方があまりに若かりし頃の颯に似ていて、呼吸を止めたぼくに気付いて以来、今に至る。
“シュンコー”だなんて誰にも呼ばれたことのない呼び方で、ぼくの心に足跡を残したがる甥っ子がいじらしく、憎たらしい。
濡れたコートを脱ぎもせず、阿呆の子のように大きく腕を広げている昴に、畳んでいたタオルを投げ付けた。
「――昴。風邪を引くから、早く着替えて。手洗いと、うがいをしてきなさい。センター試験までに体調を崩したら、どうしようもないよ。
それにさっき、どさくさに紛れてまた“お前”って言ったでしょ。年上は敬いなさいと……」
積んでいた洗濯物をそれぞれの場所へと収納しようとしたところで、背後から抱き竦められた。
元々背が高かった昴は、この一年で、身長が更に伸びて180cmを優に超えた。
170cmにも満たないぼくの身長ではもう、見上げるばかりである。
まだまだ伸びるのかもしれない。颯も、大学生になっても伸び続けていたのだから。
――昴の身体から、冬の香りがする。
僅かに、昴が嘲笑 う気配がした。
「――かってーの。おれのことガキ扱いしてるけど、そのガキに抱かれてんのはお前だろ?
春光 って、石頭だよな。そういうとこ、好き」
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