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第6話 春の光
昴が高校を卒業する頃、ぼくは、昴のそばにはいない。
年末に彼が実家に戻るタイミングを待って、ぼくは、この部屋を手放すつもりでいる。
――突発性消失症候群。
これが、ぼくの持病につけられた病名だ。
ある日突然、指先や足先が徐々に透けていって、全身を蝕み、やがては、霞みのように消失する。
透明人間のように姿を消してしまう。
前例が少なく、治療法はない。
消失した後は死亡しているのか、生きているのか、わかっていない。
誰の目にも見えないから、調べようがないのだ。
春を待たずに、ぼくは世にも稀な奇病の被験者として、もうすぐ収容所に収監される。
颯と別れた年の冬、ぼくの身体は少しずつ透けていくようになった。
仕事を辞めたのは、突発性消失症候群を発症したのが原因だ。
“消えてしまいたい”というあの頃の思いが、20年の時を経て満願となるのだろうか。
去年になって、完全消失までのカウントダウンが一年余りであることを、主治医に告げられた。
その報告をすると、姉は泣いてくれた。
“消えないで”と言って、ぼくの身体を強く抱き締めてくれた。
昴の目の前で消えたくないという想いと、昴に最期の瞬間を見届けて欲しい気持ちが、ぼくの中でせめぎ合っている。
毎日毎日、昴に遺したい言葉を綴ろうとして、書けないままでいる。
――昴。ぼくは、叔父として、君に何を遺せるのだろうか。
「――春になったら、色んなことをしような。
春光 としたいことが、おれ、いっぱいあるんだ」
はにかむような昴の声に頷き、頬に涙が伝った。
昴はどんな大人になるのだろう。
その姿を見ることが叶わないことが、無念だ。
――不可視となったぼくは、どこへ向かうのだろうか?
せめて、昴という存在は、最期まで覚えていたいと願う。
「――春を過ぎても、おれのそばにいてくれよな……春光 。ずっと、おれのそばに」
返事ができないぼくは、眠ったふりをする。
――この部屋に、春の光は届かない。
fin.
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