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第5話 不可視光線
「――昴。人の優しさって、目には見えない光のようなものだよ」
「……はぁ?」
昴が顎をしゃくるような生意気な仕草で、ぼくを見つめる。
颯そっくりの仕草に、ぼくの心は不思議と凪いでいる。
顎を撫でてやると、昴は気難しげな表情で、じっとされるがままになっていた。
「ぼくたち人間が目に見える光……可視光線は約380~780nm。それ以外は、波長が長すぎても、短すぎても見えないんだ。紫外線や赤外線は、見えないだろ。だけど、この世界は、目には見えない光と色で溢れてる」
じっと考え込む昴が、心配になる。
大丈夫か、受験生。生活の世話をしてやるだけで精一杯だったけれど、勉強も見てやるべきだったろうか……。
「……春光 の言ってることって、時々難しくてわかんねぇ。何?何が言いてぇの?」
「――パッと見ただけでは、見えない優しさもあるよ、ってこと」
――時間が過ぎ去らなければ、その場所を遠く離れなければ、見えない優しさがある。
実際、ぼくもそうだった。
颯との仲を引き裂き、ぼくを切り捨てた父を恨みもした。
颯を憎み、姉に嫉妬したりもした。
だが、絶縁しながらも父は、持病のせいで働けないぼくに、惜しみ無い支援をしてくれている。
毎月、颯の名義で通帳に振り込まれる金は、父の指示なのだと最近になって、姉から聞かされた。
姉との結婚式の前夜、颯は“すべてを捨てて逃げよう”と、電話で告げた。
待ち合わせ場所に行かなかったのは、ぼくだ。
颯にすべてを捨てさせる勇気が、あの頃のぼくにはなかった。
そして姉は、持病を持つぼくを心配して、一人息子の昴を預けた。
――昴は、見限られたわけでも、捨てられたわけでもないのだ。
――昔は見えなかったものが、今になってわかる。そこに、光を感じる。
颯と恋をして、別れたことを、ぼくは後悔していない。
到底まともな叔父ではないが、昴と出逢い、共に暮らせたことを、ぼくは感謝している。
複雑な感情を伴って、昴のことを大切に想っている。
「春になったら、山登りしような」
寝入りばなにうっとりと、夢見るような口振りで、昴が囁く。
高校を卒業して大学への進学が決まったら、昴は松菱家との断絶を決意している。
昴なりに、ぼくと共にあろうと考えてくれているのだ。
それらの厄介ごとがすべて終わったら、二人で春の山に登りたいと言っているわけだ。
どうして山登りなのか、体力のないぼくには厳しいように感じられるのだが、“おぶってでも連れて行く。そこから、一番綺麗な景色を春光 に見せる”と言って、きかない。
高校生活最後の恒例行事である登山を、体調を崩して参加できなかったと嘆いたぼくのぼやきを覚えているのだろうか。
――昴は、不器用で、どこまでも可愛い男である。
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