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第4話 全部お前だ
「どちゃクソうめぇ。春光 、天才じゃねぇ?冬美より、よっぽど料理がうめーんだけど」
インスタントのような愛撫の後で、鍋焼うどんを拵えてやると、昴は色素の薄い瞳を輝かせて喜んだ。
図体も態度もデカい甥っ子は、すぐに腹へった腹へったとシュプレヒコールを叫ぶので、手早く調理することが何よりも肝要なのだ。
冷凍の海老と鶏肉の肉団子、蒲鉾とほうれん草に玉子……お手軽な具材だけなのに、何とも安い男である。
「――こら。冬美じゃなくて、お母さんでしょ。肩肘ついて食べないの。ほうれん草を残したら、明日の朝ごはんは抜きにするよ」
「ひでぇ……」
昴は唇を尖らせ、いじけたようにほうれん草をちびちびとかじった。
ふいに顔を上げて、あどけない笑顔を見せる。
「おれの身体って、全部お前でできてるんだな」
「……どういうこと?」
「前にさ……TVで観たじゃん。食いもんによって、約三ヶ月単位で細胞が生まれ変わるって。
おれ、春光 の手料理を食べ続けて一年が経過しようとしてるっしょ?ならさ、おれの細胞は生まれ変わったってことだろ?
今のおれは、頭の先から足の先まで春光 でできてる」
鼻息荒く、得意気に昴は言い募る。
昴の高い鼻梁を、指で押した。
「――馬鹿なことばっかり言ってると、浪人するよ。それに、“お前”って呼ばないの」
ぼくが嗜めても、昴は機嫌が良さそうに低く笑うばかりだ。
ぼくも、ロマンチックな昴の考え方は、嫌いではなかった。
昴の身体を自分が作っているのだと思うと、涙が溢れそうになった。
「――春になったら、おれ、ジジィと親父に言ってやるんだ。跡は継がねぇって」
ぼくの狭いベッドで、昴の腕に抱かれながら眠る。
同衾は駄目だといくら叱っても、不遜な甥っ子はちっとも聞く様子がない。
夜は当然のように、堂々とぼくのベッドに入ってくる。
ぼくを絶縁した父と、ぼくを捨てて姉と結婚した颯に、昴は強い怒りを抱いている。
ぼくが傷付けられたことを、ぼくの代わりに怒ってくれているのだ。
蕀が取れて表れた昴の本質は、まっすぐな気性の優しい少年だった。
「おれはあいつらを絶対に赦さねぇ。いくら病弱だからって、春光 から仕事を奪って飼い殺しにしてるわけだろ?」
司書の仕事を辞めざるを得なかったぼくの事情をはっきりと伝えていないせいか、昴からすれば理不尽に感じるらしい。
確かに強制的に辞めさせられたことは事実だが、充分過ぎるほどの生活費を、ぼくは松菱から貰っている。
飼い殺されているというよりも寧ろ、ぼくは生かされているのだ。
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