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第3話 熱帯夜※
同居始めの頃の昴は、全身を蕀 で覆われているように刺々しかった。
不用意に蕀に触れてしまい、ぼくも手を焼いたものだが、何より、昴自身が自分の蕀でがんじがらめになり、傷付いていた。
松菱家の男児として生まれ、家族親族一同は勿論のこと、地元の有権者たちからも過度な期待を掛けられてきたのだろう。
ぼくも同じ道を辿ったから知っている。
自分が決めるより先に、自分の人生を周囲に決められることの窮屈さ、息苦しさを。
以前の昴は両耳におびただしい数のピアスをつけていたし、ピアスの穴を拡張してさえいた。
髪の色はオレンジ色に近い金髪に染色し、それはもう、目も当てられないほど、態度が悪かった。
喧嘩っ早く、常に煙草と、女性の香水の残り香を身体に纏わせていた。
颯も昔は中々の悪だったが、もう少し要領よく振る舞っていたように思う。
その分、昴のグレ方は不器用で、痛々しかった。
――昴が荒れたのは、無理もない。
実家に勘当されている叔父の元に無理矢理送り込まれ、おまけにその叔父はゲイで、自分の父親と関係を持っていたという。
――荒れない方が、どうかしている。
「――お前、男が好きなんだろ?おれを抱けよ」
ある熱帯夜、夜更け過ぎに帰宅した昴は、おもむろにぼくのベッドに乗り上げるなり、吐き捨てた。
ぼくは男に抱かれたことはあっても、男を抱いた経験はない。
それに、素肌を合わせたのは颯だけであり、学生の頃以来だ。
20年経った今現在は、ほぼ処女のようなものではなかろうか。
混乱の最中にいるぼくを置いてけぼりにして、昴はTシャツを脱ぎ捨てる。
「ちょっと!落ち着いて……服を着てったら!」
「親父とは寝てたんだろ?!おれ、知ってるんだぜ」
昴は唇を歪めて嗤うが、何もかもに絶望している、自棄を起こしている人間特有の表情をしていた。
かつての颯や、ぼくがよくしていた、世を諦めた瞳をしていた。
呆けていると、すぐに昴の噛み付くようなキスが降ってくる。
遊び回っているだろうに、妙に不馴れな口付けであったことに、心を動かされてしまった。
昴は淋しがっていた――彼は、ぼくに預けられたことで、両親に見限られた、捨てられたと感じていたのだろう。
その波長と、ぼくの淋しさの波長が合致した。
「本当に嫌だと思ってる?」
揺れる瞳に見つめられたらもう、拒絶することなど不可能だった。
「――抱かれる方は、身体に負担が掛かる。ぼくを抱くのなら、好きにしていい」
その夜、ぼくたちは、いくつものタブーを跨いで、身体を重ねた。
男を抱いたことのなかった昴は強引で、乱暴で、ぼくの後ろからは血が流れたりもしたが、悪くはなかった。
少なくとも、独りではないだけ、互いに淋しくはなかった。
昴に抱かれる時、ぼくはたぶん、昴の孤独な魂を抱いている。
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