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1杯目。

人が嫌い。 話すことも、触れることも嫌。 人混みは吐き気がするし、生まれてこの方友人と何処かへ出掛けたことがない。 (そもそも遊びに行く程仲良くなれないのだけど。) この春から俺は美大に通いだした。 昔から人と関わることが苦手で、独りでよく絵を描いていた。 絵を描いている間は無心になれる。 余計なことを考えずに居られる。 四六時中を絵に費やした俺は、なんとか特待生枠をとることが出来たのだった。 「…ぅッ、気持ち悪い…」 今日は画材を買うために大学に近い○○堂に来ていた。 都会に近く人が多いので出来るだけ行きたくないのだが、如何せん家の近所の小さな店では、中々必要な物が揃わないのだ。 せめて少しでも人の居ない時間にと思い開店時間に合わせて来たが、それでも駅や道の込み具合は凄かった。 人混みにやられ大分グロッキーになっていた俺は、普段なら絶対通らない様な狭い路地へと、無意識に人を避け入っていった。 (もう無理だ…、何処か座って休めるところは……) ふらふらよろよろ 暫くさ迷っていると、少し開けた道に出た。 店が数店並んでいる。 その内の一つ、落ち着いた雰囲気の店に目が止まった。 朝陽が差し込み窓ガラスがキラキラと反射している。 店の前にぶら下げられた木の看板をみると『 Café de ruelle 』と洒落た字で書かれていた。 「カフェ…でゅ……???」 読み方はよく分からないが、どうやら喫茶店の様だ。 入口の札はopenと書かれている。 (良かった…これで休める……) ゆっくり扉を開くと、カランカランッと小気味の良い音が鳴った。 それと同時に珈琲豆の香ばしい匂いが鼻を擽る。 「いらっしゃいませ。」 カウンター席と四人がけ、二人がけの席が数席置かれた店内。 客はお爺さんがカウンターに1人だけで、カウンター内には若い男性店員が1人立っていた。 (えっと…どこに座れば…) 早く休みたくて思わず入ってしまったがこういった店に来るのは初めてで、入り口辺りで戸惑っていたら、お好きな席へどうぞとお兄さんに微笑まれた。 俺はお言葉に甘えて奥にある四人がけのソファー席に腰を下ろした。 休もうと思っていたのに、大人な雰囲気が慣れなくてソワソワしていると、お兄さんがお冷やとお絞りを持ってやって来る。 「お水どうぞ。」 「あ、ありがとうございます…」 「ご注文はお決まりですか?」 「いえまだ……」 「よろしければ当店のオリジナルブレンドは如何でしょうか?爽やかな珈琲になっているので朝にぴったりですよ。」 ブラックでもミルクを入れても美味しいですよ。そう言って柔らかく微笑むお兄さん。 俺は人見知りを発動してまともに顔すら見れていないが、一瞬見えたその表情にいい人そうだと何となく思った。 「えっと…じゃあそれ下さい…。」 「ホットで宜しいですか?」 「あ、はい…」 「他にご注文は宜しいでしょうか?」 「大丈夫です…」 「畏まりました、では少々お待ち下さい。」 チッ、チッ、チッ… 朝の10時過ぎ、店内には針子時計と珈琲ミルの豆を挽くガリガリという音しかしない。 きっとここの数本先の大通りは人通りも車通りも多くなっているのだろうが、ここはまるで隔離されているかの様に静かだ。 (落ち着く…かも…。) 暫くボーッと向かいの窓の外を眺めていたら、お兄さんが珈琲を持って来た。 「お待たせ致しました。ブレンド珈琲になります。」 ごゆっくり。 目の前に置かれた珈琲からは湯気が立ち上っている。 砂糖はいれずミルクだけをゆっくりとかき混ぜる。 カップを近づけると良い匂いが強くなり、ひとくち口に含むと、程好い苦味とミルクの甘さが舌の上に広がった。 鼻を抜ける香りは少しフルーティーで、成る程、確かに爽やかだ。 「美味しい…」 ほっ…と思わず声に出てしまった。 もうひとくち口に含む。 胃のムカムカが消え去り、先程まで悪かった気分が大分楽になってきた。 (良いな、ここ…) 今まで学校の近くにこんな店が在るなんて気付かなかった。 カウンターの方を見るとお爺さんが美味そうにカップに口をつけ、お兄さんは食器類を磨いている。 さっきは緊張して気付かなかったが、お兄さんは結構なイケメンだ。 少し長めの茶髪をハーフアップにして、白シャツに緑のシンプルなエプロンを着けている。 顔は女性が好みそうな綺麗な感じだ…20代前半位だろうか。 指長いなーなんて見つめていたから、彼とふと目が合ってしまった。 不思議そうに微笑まれ、慌てて眼を反らす。 (び、ビックリした…。) そうして少しドキドキしつつも、次のお客さんがやってくるまで、俺はゆっくりとコーヒーを堪能して家路についた。

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