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2杯目。
あの日から数ヵ月。季節は春から秋になっていた。
俺はほぼ毎日あのカフェに通っている。
最初は大学へ行く前に人を避け休みに来ていたのだが、次第にお兄さんと話をするようになり、今ではカウンターの端の席で会話しながら珈琲を飲むようになった。
彼と少し仲良くなって分かったことは、ここ『 Café de ruelle 』は彼のお店で、繁盛という程ではないがそれなりにお客さんは来ているらしい。
俺が人通りの多い場所にしないのかと訊くと、この位が丁度良いのだと言っていた。
因みに、店員は彼以外にもう1人バイトの青年が居るそうだ。
そして一番驚いたのは彼が30歳だということ。
見た目が若々しいから俺の少し上位かと思ったと告げれば、僕そんなに子供っぽいかな?と困ったように微笑まれた。
失礼な話だが、不服そうなその表情に、少し可愛いなと思ってしまった。
人と関わる事は好きではないが、彼と過ごす朝の時間はとても心地好い。
口下手な俺に合わせて無理に会話せず、ゆっくりとしたペースで話してくれる。
優しく穏やかな彼の声と彼の淹れた珈琲の良い香り。
好きだなと思う。
この他愛のない時間がずっと続けば良いとすら思う。
こんな風に思うのは初めてで、この感情がどういうものなのか俺は量りかねていた。
「あれ?今日は何時にも増して元気ないね、大丈夫?電車混んでたの?」
すっかりお馴染みになったカウンター席に腰掛け、肘をついて項垂れる俺の前に珈琲を置きながらお兄さんが声を掛ける。
「いや…なんて言うか、人の量というよりは人間関係の方で、色々と…」
「大学?」
「はい…何故か俺が喧嘩してる二人の間に挟まれてしまって…いつも以上に神経を使うというか…」
湯気の立つカップに手を掛けると、カチャッと小さく音がなった。
「うわぁ、それは大変だね…いつからなの?」
「1週間前ですかね…」
答えながら珈琲に口をつける。
相変わらずの美味しさと温かさにほっとする。
「そっかぁ、長引いてるね。もう放っといてみたら?」
「最初はそうしてたんですけど どんどん拗れてしまって…今は取り敢えず俺が二人から相談…愚痴を聞かされてる感じで。二人で話し合えって言ってるんですけど…」
「成る程ね。…朝夜 君は優しいから、人に頼られやすいんだろうね。」
彼がカウンターを拭きながら言った言葉に少しもやッとする。
「…俺、優しくないですよ。八方美人なだけで。喧嘩する事すら面倒だから深入りしてないだけです。今回だって、話を聞いてあげる位しか俺は出来てない。」
あぁ嫌だ。また卑屈な言葉が出てしまった。
俺はぐぃッと珈琲の残りを飲み干した。
一気に口に入ったことで苦味が喉の奥に広がる。
「すみません、こんなこと言って愚痴ってしまって。気にしないで下さい。」
珈琲美味しかったです。そう言って席を立とうとすると、目の前にオレンジ色のケーキが置かれた。
「…?あの、これは…」
「サービスのパンプキンケーキ。」
「え?えっと…」
俺は訳がわからなくて立ち上がろうとした姿勢のまま戸惑う。
「嫌い?」
「いえ、好きですけど…」
「良かった。時間まだ大丈夫そうなら食べていってよ、ね?」
まだ意味がよく分からなかったが、お兄さんの微笑みに負けて、取り敢えず俺は席に座り直した。
「召し上がれ。」
勧められるままに一口。
カボチャの香りが鼻を抜ける。
カボチャペーストの少しざらッとした舌触りとほんのりとした甘味が美味しい。
「うーん…、朝夜君はね、周りが見えすぎるんだろうね。」
俺の様子を見ていたお兄さんが不意にそんな事を口にした。
「だから君は他人よりも気を遣って疲れちゃうのかもね。」
「そんなこと…」
そんなことないと続ける前に彼の静かな声が遮る。
「…あのね、八方美人で居られることも、僕はすごいと思うんだよ。それだけ相手の事を分かっているって事でしょう?」
じっと見つめられて落ち着かない。
否定をしようと口を開くのに、彼の優しい目を見たら何故か声は出てこなかった。
なんだか喉がきゅっとする。
「皆を傷つけないようにって、今まですごく頑張ってきたんでしょう?…君は偉いね。だけどね、もうちょっと、図々しく生きても良いと思うよ。」
大丈夫、君は優しい良い子だよ。
穏やかな声と一緒に控えめに食器の触れる音がする。
コトン
暫くすると、一杯のミルクティーがケーキの横に置かれた。
「少し、優しすぎるかもしれないけれど」
「でも僕はね、」と言いながら、お兄さんが俺に目線を合わせるようにカウンターに肘をつく。
「そういうとこ、好き」
「ッ……………」
彼のその言葉と表情に、俺はなんだかすごく泣きたくなった。
ほんのり甘かったケーキが少ししょっぱかったから、もしかしたら泣いていたかもしれないけれど。
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