26 / 109

第26話 まっさらな彼

「ないって? まったく? 嘘だろ……。だって、おまえモテるだろ?」 「さあ、どうでしょう……」  黒崎は興味なさそうに答える。 「どうでしょうって……。好きですとか告白されたり、ラブレターもらったりしたことあるだろ?」 「ああ……、それはありますけど。勉強とバイトで忙しかったんで……」 「じゃ、黒崎、おまえ、もしかしてキスしたこと……」 「ありません」  綺麗なポーカーフェイスできっぱりと黒崎は答えた。  そんな黒崎に、沢井は重ねて訊ねた。 「じゃ、……セックスしたことは――」 「ないですけど。それが、なにか?」  さすがに少しムッとした表情になった黒崎が、愛想の欠片もない声で聞き返してきた。 「……いや。別に」  沢井は、信じられない気持ちで、感動していた。  ほんとかよ? この容姿端麗さで、まだ童貞? それどころかキスの経験すらなし?  奇跡だよ、それって。 「あの、オレ、もう戻ります。……サンドイッチとコーヒー、ごちそうさまでした」  沢井のセクハラまがいの質問攻めに辟易したのか、黒崎は深くお辞儀をすると、屋上の扉へ向かって歩きだした。  彼の後ろ姿を見送りながら沢井は、クールさが自慢の顔が、うれしさで緩んでくるのを抑えることができなかった。

ともだちにシェアしよう!