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第109話 愛する人
「おい、沢井、口元がにやけてるぞ。クールなイケメンが台無し」
川上が呆れ半分、冷やかし半分といった感じで言ってくる。
「うるさいな。人の顔のことはほっとけよ」
親友同士ならではの会話を交わしていると、コーヒーが運ばれてきた。
沢井も川上もコーヒーはブラック派だ。
コーヒーをしばし味わってから、川上がおもむろに言った。
「それにしてもさー、結局、黒崎はおまえを独り占めした形になったな。……一緒に住んでるなんて知ったら、三月がまた荒れそうだ」
「誰にも、言うなよ」
「分かってるよ。……でもさ、さっきの黒崎を見てて、オレ思ったんだけど、あいつ、他人とかかわるのを避けてたけど、本音では愛情が欲しくてたまらなかったのかなって」
「なんだよ、そんなことに今頃気づいたのか? おまえは黒崎マニアとしてはまだまだだな」
「え? いや、オレは別に黒崎マニアじゃないし」
川上が呆れるのを無視して、沢井は得意げに言った。
「川上、知ってるか? 黒崎って実は超甘党なんだ。特にここのチョコレートがお気に入りでさ」
「へー」
「知らなかっただろ? やっぱり黒崎マニアとしては初心者」
「だから、オレは黒崎マニアじゃないって」
「うん。マジでマニアになったら、おまえでも許さないから」
さりげなく恫喝しておくことは忘れない沢井。
「なーんだよ、それ」
川上は今度こそ呆れはてたという顔をした。
川上は当然のごとく、沢井に勘定を任せて、さっさと仕事へ向かってしまった。
沢井は、レジで店の女の子に伝票を渡してから、ショーケースに並べられた、かわいらしい猫の形をしたチョコレートの詰め合わせを指差した。
「この猫のチョコレートの詰め合わせ、包んでもらえますか?」
「プレゼントでいらっしゃいますか?」
「ああ……はい」
「リボンの色、ピンクとグリーン、どちらになさいますか?」
女の子が示した二種類のリボンを見て、沢井は少しだけ考えてから、
「じゃあ、ピンクで……」
甘くとろけそうな笑顔でそう答えた……。
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