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第9話
本当は、こんな風に笑って話をしていられるような状況ではない。
風邪を拗らせて肺炎、だけだったらどんなに良かっただろう。
先輩の体は、病におかされていた。
……あとどれくらい生きられるのか。先輩は教えてくれない。
若いから進行が早いらしい、と先輩は苦笑しながら言う。
「いろんな人を傷つけてきた報いかなー」とか言ってまた笑うけど、俺は全然笑えない。
俺からもらった風邪を拗らせて入院した先輩。
もしかしたらそのせいで、寿命は更に縮んだかもしれない。
先輩が自分が病気だと知ったのは、俺と付き合うようになってすぐのことだったらしい。
すぐに俺の悲しむ顔が思い浮かんだと先輩は言う。
しかし自分から別れを切り出すのが嫌で、浮気に走ったと申し訳なさそうに俺に謝った。
それでもやっぱり、先輩は俺を手放したくなくて、しかし俺が先輩に別れを告げることもなくて、事態は混沌としてしまった。
あの仲直りの日、先輩は俺を抱きしめて、俺と付き合った事を運命だと言ってくれた。人を真剣に愛したのは、俺が初めてだったと言ってくれた。
俺は泣きながら先輩を抱きしめ返した。そのときは、その言葉をそんなに深く考えていなかった。
「なあ陽平」
「はい、なんですか」
「……名前呼んで」
「……春樹さん」
「俺が死んだらどうする?」
「そんな、冗談で収まらない事……訊かないでください」
「これからの俺の人生、全部かけてお前の事愛すからさ。だから、お前の時間もちょっとでいいから俺にくれない?」
「はる、き、さん」
「何泣いてんだよ。俺の前で泣くの禁止って言っただろ。あ、俺がいなくなったら俺の記憶はお前の中から綺麗さっぱり全部消せよ!だってお前、俺と比べたら他の奴なんか好きになれないだろ、ははっ」
「せんぱい…好きです。そういう、バカなとこも」
「うん。俺も陽平のそうゆー真面目なとこ好きだよ」
「や、です」
「うん。やだやだ。ほんとになー」
「春樹さんが死んだら、俺も死にます」
「そしたらお前の事だいっきらいんなるから……来世で会ってやんねえ」
「やだ……」
「んー……この話やめよ。てか俺そう簡単に死なないし多分あと100年は生きるし。あ、そだ。今度遠足行こう。弁当作って、どっか遠いとこ」
「……いつに、します?」
「今週とか?」
「アホですか病人ですよ」
「ハハ」
先輩が好きです。
いつまでも、ずっと、きっと一生好き。
先輩のためなら冗談抜きで何でもします。
だからお願い、お願い春樹さん。
愛してください。
俺の事、一生、100年、愛し続けてください。
死なないでください。
「陽平、こっちこい」
「…」
「やっぱ陽平のサイズが一番しっくりくるわ」
「俺も、春樹さんが一番いいです」
「なあ……愛してる」
愛してるなんて胡散臭くて恥ずかしい言葉、俺から言うのも俺がもらうのも、
これからもずっと、
全部あなただけでいい。
END
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