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第3話の1←(狂信的な彼女とマリアの君)

 ここ一週間ほどの目まぐるしい変化を聞いた由真はただ驚いていたようだったが、ギルティーと契約したことを心から喜んでくれた。マリアが説明する予定をダイアリーに書き留める由真は、絶対他人にもらすなよ、の一言にもうっとりしていた。   彼女はひたむきに自分を愛し、尽くしてくれるのだが、「ファンの目につくと困るから」と真剣に考えているらしく、人目につくところでは決して彼女気取りをしないところもマリアは気に入っていた。もっとも、他人の目にはマリアと由真は顔立ちなどが似て見えるらしく、一緒にいると兄妹と思われることが多かった。 「…じゃあ、マリアの都合のいい時、電話ちょうだい。あ、たまに、郵便受けに手紙入れといていい? 」  バンドのことが一番大事で、曲づくりの最中の電話や不意の由真の来訪にかんしゃくを起こすマリアの性質を知りぬいた、そつのない言い方だった。 「うん。ついでにキャベツとツナの煮物も入れといて。」  そんなこと、と笑う由真に、マリアは後ろめたいものを感じて目をそらした。妹のように可愛いと思い、情は移っても今までかかわってきた女性のように情熱的に愛しているわけではない。それでも由真のひたむきさに打たれて本命扱いということにしてしまった以上、ZENNとの夜は…すまないと思う。 「こんなに忙しくなるの初めてだし、どうなるかわかんないけど、できるだけ電話はするようにするよ。」 声がうわずったようで気になった。由真が驚いた顔をしたのに、マリアは焦った。しかし、彼女は違う変化をとらえていたようだ。 「マリア、どうしたの? 優しい…」 「そんなに俺っていつもひどいの? 」 由真はあわてて打ち消しながら、 「そうじゃなくて、夢が半分かなったから、余裕が出てきたんじゃない? 」 「半分なんてとんでもないよ。だってまだインディー・デビューだよ。」 「でもギルティーでしょう? すぐにグランデに行けそうじゃない。あそこからデビューすれば絶対に売れるもの。」 ZENNさんのバックアップもあるし…という言葉をマリアは流すと、 「そんなの、まだまだだよ。」 「ううん、マリアは絶対そこまで行くもん。」 「すごい期待だな。」 「マリアのことが好きだからって言ってるんじゃないわ。事実ですもの。音楽雑誌開いてごらんなさいよ。MOONよりカッコいいバンドなんてないじゃない? 曲だってROSEと全然違って新鮮だし。」 ほめ言葉が単純に嬉しかった。 「そうだな、俺達だったらあっという間に登りつめちゃうかもな…なんて生意気言うのはお前の前だけでやめる。よく、松岡の鼻はテングの鼻って陰口叩かれてきたからな。」 はすっぱな軽口が何とも愛しいらしく目を細めて聞いていた由真はうっとりと、 「本当にマリアの鼻って高いし、形がいいわよねえ…」 と言う。しかし、その後が意外だった。 「そんなバカな陰口なんて、勝手に言わせておけばいいのよ。」  いつもの由真からは想像できない冷ややかな口調にマリアはどきっ、とした。    弾けるような激しさ。しかし思い起こせば、出会いの時がそうだった。マリアの目には整った顔立ちとしか見えない由真は、確かに性格のきつさのようなものがにじみでているのだろうが、大人びた外見とは裏腹の幼さとか従順さとかいったものしかマリアには感じられない。そんなマリアに由真は何も気づいていない風で、 「すぐにマリアはミリオンセラーを出すわ。東京ドームへ行くわ。」 どこかで聞いたような話だと思い、それが、ZENNのベッドの上であったことに気づくと、もう由真を黙らせるしかなかった。 「なあ、由真、俺がドームでやるようになったら、何買ってほしい? 」 「何もいらない。私が欲しいのはマリアだけよ。」 「欲のないヤツだな。」 「そう? すっごい欲だと思うけど。」 笑顔を作り、この前までの自分と同じ茶色い髪の頭を撫でると唇を重ねてやる。受ける由真のぎごちないこと。抱き締めると、甘ったるい声で囁いてやる。 「ねえ、いい? 」 「あ…でも、ここじゃ、いや。」 確かにベッドとテーブルの間は狭すぎた。 「じゃ、早くベッドに上がれ。」

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