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Good Luck−Nightmare

 パァン、パァン、パァン  朽ち果てたゴーストタウンに乾いた破裂音が響き渡る。  その音の出処は、廃墟群の中でも一番背の高い建物の屋上だった。そこに、大柄な青年と小柄な青年が身を伏せている。 「あっれー? っかしいなー、ちゃんとアタマ狙ったはずなんだけど」  狙撃銃を構えている小柄な青年が、栗毛の髪をさらりと揺らして小首を傾げた。 「ねぇ、トウゴ。なんで?」  まるで宿題が解けない子供のような口ぶりで、隣で双眼鏡を覗いている青年に訊ねる。  問われたトウゴは、双眼鏡を覗いたまま淡々と答えた。 「ミコが(ソレ)の才能無いから」  どうやら狙撃銃はトウゴの得物であるらしく、言われた青年――ミコシバはむぅと頬を膨らませた。 「そこまで言うならやってみてよ」  ゴロリと横に一回転して場所を空け、左手をひらひら動かして双眼鏡を渡すようにジェスチャーする。  トウゴは小さくため息を吐いてから、双眼鏡を青年に手渡し、銃を構えた。 「おー、慌ててる慌ててる」  ミコシバが見ているのは、2キロほど先で物陰に身を潜めている兵士たちの姿だった。と言っても、後方から狙っているミコシバたちからは遮蔽物も少なく見通しが良い。  トウゴ曰く「才能の無い」ミコシバの狙撃により、既に半数ほどの兵士は倒れていた。 「あ、見つかったかも」  双眼鏡越しに、同じく双眼鏡でこちらを見ている向こうの兵士と明らかに視線が合った。短時間で方位を特定するとは、あちらも中々手練らしい。  が、ミコシバとトウゴに慌てた様子は微塵もなく、そればかりか、ミコシバは兵士に語りかけるように呟いた。 「そのまま本部(うえ)に報告してよ、戦場の悪夢(グッドラック・ナイトメア)に襲撃されたってね。これは予告(ジャブ)なんだから」  フンフンと鼻歌交じりに双眼鏡の距離計で兵士たちとの距離を測る。 「んーっと……1860。向こうの風は……」 「」  言うや、続け様に3発。  そして、ほんの少し間を開け標的を変えて2発。  双眼鏡で状況を確認しているミコシバが、ヒュウと口笛を鳴らした。 「さっすが! 頭ドンピシャじゃん」 「……」  すげぇすげぇ、と無邪気に感心するミコシバは何も返さず、更に5発。  狙ったのは、ミコシバが仕留め損ねた兵士だった。やはり、どれも正確無比に頭を撃ち抜いている。  そこにはもう、動いている兵士の姿は無かった。 「ちょっとー! なんで僕が撃った奴も狙うのさ! あんなのほっといてもすぐ死ぬよ!」 「……ミコ」  むくれるミコシバに、トウゴが銃を手に立ち上がりながら低く呼びかけた。 「敵でも、人間だ。苦しませないって約束しただろ」  表情こそ無いものの、その声音はどこか優しい。  諭すように窘められ、口を尖らせて「ごめん」と返すと、トウゴの大きな手がミコシバの頭を撫でた。 「……アイツも、苦しませないで殺すの?」  頭に置かれたトウゴの手を取り、自分の頬に持っていきながら、ぽつりと呟く。  トウゴはミコシバの頬を両手で包み込み、優しく上を向かせて視線を合わせた。 「苦しませないで殺そう。少しの間でも、家族だったんだ」 「……うん」  今にも泣き出しそうな、悲しげな笑顔。  トウゴはほんの少し眉を下げ、フッと短くため息にも似た吐息を吐いてから、ミコシバの冷たい唇に口付けた。  ミコシバとトウゴは、同じ孤児院で育った。その孤児院も、戦火に巻かれて今はもう無い。  二人は、兄弟や仲間や恋人、そういう言葉ではまだ足りない、そんな関係だった。  その二人が戦おうとしているのは、入隊後、家族同然に育ててくれた上官だった男である。  二人が身に纏っているカーキ色の迷彩服には、ネームタグの他に国旗や鳶を象った部隊章のパッチが縫い付けられている。それは、もう存在しない国の、存在しない部隊のものだった。  ミコシバとトウゴが所属していたのは、亡国の第八小隊。斥候、スパイ、遊撃、偵察、命令があれば何でもこなし、そして戦果をあげる、『バケモノ』と呼ばれる部隊だった。  その中でも突出して長けていたのがミコシバとトウゴであり、任務に出ては死屍累々築き上げるその様に、いつしか『戦場の悪夢(グッドラック・ナイトメア)』と二つ名が付くまでになっていた。  バケモノじみた強さの小隊はやはりクセ者揃いだったが、それが逆に心地よかった。ふざけあったり冗談を言い合ったり、たまには派手に喧嘩もしたが、それでも任務に出れば互いに命を預け戦うことが出来る。家族であり、家族以上の仲間たちだった。  それなのに、失くなってしまった。それも、父親のように慕っていた小隊長の裏切りで。  最強とも呼べる強さを誇る第八小隊を潰そうと考えた敵国が、密かに小隊長を囲いこんでいたのである。  条件(エサ)は、連隊長の地位だった。  オアシスを巡る攻防で、小隊は勝てる見込みのない奇襲を受けた。第八小隊50に対し、敵兵800。無線で呼びかけた小隊長が応答することは、とうとう無かった。  一人、また一人と倒れていく仲間を、助け起こすことすら出来ない。そんな自分たちに、仲間は「逃げろ」と身を呈してくれた。  物心つく前に戦火で両親(かぞく)を失い、それからまた孤児院( かぞく)を失った。  小隊の仲間(かぞく)だけは失いたくなかったのに、それも叶わなかった。  生き残ったのは、ミコシバとトウゴの二人だけだった。 「二年。長かったね」  屋上に寝転がり、トウゴの腕に抱かれていたミコシバがぽそりと言った。  よく晴れて、穏やかな青い空。戦場とは思えない柔らかな空気が流れている。 「トウゴと一緒だから、ここまで来れたんだ」 「俺もだ」  同じ色の空を瞳に映し、互いの熱を感じるように身体を引き寄せ合う。 「遅くても明日には本隊が動くだろうな」  本隊には、連隊長であるが居る。  肩を抱く手に力が入ったのを感じ、ミコシバはぎゅっとトウゴの胸に顔を埋めた。 「僕たち、明日も生きてるかな?」  冗談めかした口調だが、その声は僅かに震えている。  トウゴはミコシバの両肩に手をやり、顔が見えるよう上体を僅かに起こさせた。 「……生きるんだ」  トウゴの真っ直ぐな瞳に、自分が映っている。それだけで、何故だか安心できた。  えへへ、と笑ったミコシバは、もう一度トウゴの胸に体を預けた。 「そういうとこ、好き」  抱きしめられた逞しさが心地良い。  抱きしめた儚さが愛おしい。  たったふたり、残された『家族』  今、この少しの間だけ、もう少しだけこの温もりを感じさせて欲しい。  穏やかな空の下、二人は求めるように唇を重ねた。  その先の、おそらく最後になるであろう『任務』を思いながら。

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