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sugar doll.【上】

目下、戦時中の某国。 ―…敵軍の機密情報を得なければ、国に勝利は無い。 スパイとして敵国で暮らすジゼル・シュヴァンクマイエルに自国からとある伝令が来た。 ハニートラップを仕掛けることになった。一夜を共にした相手とのピロートークでの、情報収集率は高いことは知っている。それでも戸惑いを覚えてしまうのは自分が男だからか。それとも、まだ未熟なだけなのか。 相手が女性ならまだいい。ターゲットは男性なのだ。 「―…。」 ジゼルは溜息をついて膝を抱えた。大きな窓のあるアパートメントの一角。そこが今のジゼルの根城だった。 外は風が吹き、雪が散っている。とても寒い夜だ。外と室内の温度差から生じた結露は白い雫となって窓ガラスを伝っていく。石油ストーブの上ではやかんがしゅんしゅんと音を立てて、水蒸気を吐き出していた。 任務の実行日は三日後。 気晴らしに好きな料理を作って見たり、当てもなく車でドライブをしてみたり。普段読まないような本などを読んで見たところで、心の片隅には見知らぬ男に抱かれる恐怖が付きまとった。 「まずいな…。」 このままでは、無意識に拒否する言葉が口から出かねない。一対一のやりとりで、それは失敗する致命傷に至ってしまう可能性が高い。まあ、なかにはそれで燃えるという特殊な方もいるとは思うが。 「あー、くっそ。」 頭をガシガシと乱暴に掻き、ジゼルは徐にコートを羽織り、街に出ることにした。 住宅街を抜け、白樺並木を歩く。途中、コーヒースタンドでドリンクを求め、手を温めながらある程度歩いたところで、ベンチに座った。 ぼんやりとしていると、鳩が何か餌をもらえるかと勘違いして寄ってきた。 「残念、何もないよ。」 掌を見せても、くっくっ、と鳴いてその場を離れないから放っておくことにする。鳩を眺めながら、冷めてきたドリンクを飲む。喉を通る様子がまざまざと感じ取られ、奇妙な感覚がした。 「…お前たちはいいな。」 翼があって。きっと空は人の思惑など関係なくて、規制すらなくて、太陽にさえ近づきすぎなければ翼は溶けず、羽ばたけるのだろう。鳩なりの苦労はあれど、僕は人間だから無視をしよう。 マフラーに顔を埋め、瞳を閉じる。視覚以外の感覚で自然を感じたかった。 木の葉が舞う音。風の冷たい温度。雪の気配。土の香り。 そしてー…。 「…ジゼル?」 「!」 はっとして顔を上げると目の前には、セイ・アマルフィが立っていた。セイは食材の買い出しの途中だったのか、大きな紙袋を抱えている。中から野菜や果物、アルコール飲料などが窺えた。 「何してるんだ。まさか寝てたわけじゃないな?」 「…当たり前でしょう。何故、この気温の中寝てしまうやつがいるんですか。」 「瞳を閉じてたから。」 「それは…、」 嫌なことから目を背けていただなんて、絶対に言いたくなくて返事に迷った。 「…君の家は、この近くなのか?」 「まあ…程々に。」 話がそれたことにほっとした。 「気付かなかったが案外、近くにいたものなんだな。俺の家も近い。」 「だから何です。」 「家に来るか?」 「え、」 「いや、俺の家に来るかと誘ったんだが。」 普段の僕なら、絶対に拒否していた。同じスパイ仲間とはいえ、他人との関りはできるだけ絶っていた方がいい。 それなのに、今日の僕はどうかしている。多分と言うか、確実にあれだ。魔が差したというやつだ。 「…少しだけなら、話し相手になってあげなくもないです。」 「それで構わない。じゃ、行こうか。」 ジゼルはベンチから立ち上がり、霜を踏んだ。 「どうぞ。」 通された室内は物の数が少なく、あまり生活感がなかった。リビングにあるソファと、テーブルにある吸いかけの煙草が人の体温を残している。テレビもラジオもなく、世界につながる情報源は新聞と近所関係だと後に聞いた。 「娯楽性のない部屋だな。」 ジゼルが素直に感想を述べると、セイは笑っていた。 「物を所有するのが嫌いでね。このぐらいがちょうどいい。」 買ってきた食材を冷蔵庫にしまうセイを見ていて、ふと、妙案を思いついてしまった。あとから思えば、とんでもない禁じ手だった。 「ねえ、セイ。」 「何だい?」 「僕を仕込んでくれませんか。」 「…?」 ジゼルの言った言葉の意味を分かりかねて、セイは顔を上げる。そして首を傾げながら言うのだ。 「何を、仕込むって?」 「だから、僕ですよ。今度、ハニートラップ仕掛けるんです。」 「君が?」 「女性より、男性の方がお好きなターゲットのようで。」 「それは…、」 「僕が適任らしいんです。任務の前に最悪な手段で、最悪なセックスをすれば気も楽になるだろうと思いまして。」 「…。」 セイは少し考え込んだ。 「君は、後悔しないのか?」 「後悔?…一生するでしょうね。」 「…君がそれでも望むなら。じゃ、先に風呂に入ってきなさい。冷たい身体なんて抱きたくない。」 「そうします。」 バスルームは奥?と目で問いかけるとセイはそうだ、と頷いた。 「お借りしますね。」 東洋式にバスタブに湯を溜めて、ジゼルはその身を沈めた。足を十分延ばせるほど大きさは確保されていたが、ジゼルは両膝を強く抱え、蹲るように身を丸めた。なぜか自分を小さく見せるかのようだった。ぎゅっと押し黙っていると、じわ、と頬の内側から温かい鉄のような塩気が口いっぱいに広がった。恐らく歯を食いしばりすぎて、口の中を切ったのだろう。不思議と痛みは感じなかった。 「―…ジゼル。」 唐突に浴室の扉越しに声を掛けられ、びくりと身体が強張り、ほんの一瞬息が止まった。 「な、何だっ!」 「いや、タオル置いとくから。」 そう言って、ごそごそと物音がして、脱衣場から歩く音が遠ざかっていった。 「―~…。」 ジゼルは立ち上がり、熱めのシャワーを浴びる。汗やほこりが流れていき、少し気が晴れた。上を向くと直に顔に湯が触れ、頬、首、背中を伝う。一滴の行方を意識してしまうと、背中が酷くぞくぞくと粟立った。 首を振り、髪の毛の滴を飛ばして脱衣場に出る。そこにはタオルとバスローブが言葉通りに置いてあたった。きちんとたたまれているところがセイらしい。脱いだ服をもう一度身に着けるのは気が進まなかったため、ここはありがたく借りておくことにする。 バスローブを着、リビングに戻るとセイが一人煙草を吹かしながら、新聞紙を読んでいるところだった。ジゼルの姿を一瞥し、煙草を灰皿に押し付ける。 「上がったか。じゃあ、今度は俺が、」 「セイは入らなくていい。」 「ん?」 僅かに頬を上気させ、ジゼルは潤んだ瞳でそっぽを向いた。 「ジゼル、違う。こういう時はこう言うんだ。」 立ち上がり、ジゼルの元に立つ。腰に手を添えて抱き寄せた。そして首筋に顔を埋めその石鹸の香りを確かめた後、鼓膜に直接滑り込ませた。 「俺には…お前だけだ」 セイはジゼルの耳朶を柔らかく噛みながら囁いた。手の指先は背筋を辿る。 「相手を求め、君も全てをあげなければならない。」 ジゼルは唇がやたら渇くのか、ぺろ、と舐める。緊張しているのだろうと勝手に解釈し、拘束を解いてやった。すると安堵のためか、ジゼルは大きく呼吸した。 セイはキッチンに向かい、そして深い紅色をして、更にとろりとした飲み物を二人分持ってきた。あまりにも美しいルビーのような紅に魅せられて、ジゼルの視線を集中させる。 「それは?」 「柘榴のリキュールだ。飲まないか?」 「…いりません。酔った勢いとか、好きじゃないんで。それよりも意外です。セイも甘い酒だなんて飲むんですね。」 「そうだな。もしかしたら、子供より甘いモノが好きかも知れないな。」 「ふうん…。」 「興味無さげだな。」 「無いですもん。」 「まあ、いい。それで場所は?」 「…どこだっていい。」 「じゃあ、オーソッドクスに寝室で。ついてきなさい。」 セイの寝室はベッド以外何もなく、本当にただ寝るだけの部屋のようだ。恋人の気配もない。ジゼルの手を引いて、ベッドのふちに座らせる。ジゼルは足を揺らしながらセイを見上げた。 「どうすればいいんですか?」 「そう、急くな。」 「!」 影が落ち、ふわっと唇にセイの唇が触れた。熱くて、煙草の苦味が少し残っていた。 「キ、キスとかしなくていいから、」 「ふうん?君はターゲットのキスも拒むのかな。」 言葉を詰まらせるジゼルを見ながらセイはキスを続ける。 ちゅ、ちゅ、と離れては触れる。押し寄せる海の波のように強弱をつけて。 「ん…ぅ。」 後頭部に手を添えられて、ぐっと深く付け込まれる。歯列を割り、逃げる舌を絡めとられ、呼吸ができない。涙目になって、セイから逃げようとするも手は震え、力が籠らなかった。 「…ちゃんと息継ぎしなさい。ブレスだ、ジゼル。」 「…はっ…は。」 「下手だな。こうするんだ。…息を吸って。」 「ぁあ、」 「吐いて。」 まるで子供に教えるかのように、丁寧に丹念に、ジゼルの身体に教え込む。そして余計な力が抜けてきたころ、ぎしりとベッドを軋ませながら押し倒された。柔らかな枕の感触を頭部に感じる。キスをされながら、バスローブが肌蹴られていく。やがて唇は頬、首筋、鎖骨に流れるように触れられて、一瞬離れたかと思うと右の乳首を口に含まれた。 「…!」 ジゼルはひゅっと息を呑む。唾液を溜め、時折歯を立て、弄ばれる。もう片方は指の腹でざらりと輪郭を撫でられて紅く染まり、つんと尖るように突起してきた。 「セイ…っ、セ、イ!嫌、」 「本当に嫌だと思ってる?」 一際大きく吸われ、ジゼルは思わず声を上げた。 「胸だけでイけそうだな、ジゼル?」 「そんな、ことは…。」 「あるだろう?」 セイはジゼルの足の付け根に手を這わせた。つつ、とその長い指で撫で、中心に向かう。 「下着を身に着けないのは、賢い選択だったね。」 獲物を狙う肉食獣のような瞳でジゼルを見つめ、セイは唇を舐めた。そして。 「!?…ひぁっ、」 ジゼルの膝を割り、顔を埋め、性器を口に含んだ。いきなりの刺激にジゼルはぶるりと震える。筋に添って舌を這わせ、窪みで吸う。それは女性器にあるような締め付けがなく、ただただ温かく、気持ちよさだけを追求した行為だった。 「ぅ、う…あ、んん!」 ジゼルは身をよじり、何とか快楽を流そうと努めた。それでも燻る欲望に耐えきれず、甘い声がひっきりなしに零れてしまう。 「あ、あ、ああっ!」 射精感を覚え、ジゼルは震える手でセイの頭を押しのけようとした。だがそれは、全く力が及ばず徒労に終わる。 「や、ああ!!」 セイの口の中で射精をしてしまった。びくんびくんと波打つ性器をまだ解放せず、最後の一滴までと鈴口をじゅっと吸って、やっと放してくれた。ジゼルは息も絶え絶えにセイを見上げる。 「セ…イ…。」 「…。」 また、ちゅく、と音を立てキスをされる。セイの唾液と交った自分の精液は、酷く苦かった。そしてセイは自らの口に指を含み濡らすと、安室の双丘を割り秘部に宛がった。きつく閉じられたそこを、ゆっくりと柔くなるまで襞を解していく。 「ジゼル、力を抜きなさい。」 「ふ…、無、理…!」 ジゼルの頬にぽろぽろと涙が伝っていた。 「大丈夫だから。」 その涙を舐め、更に指を蠢かす。やがて、指一本が挿入された。中指で探るように抉り、もう一本の指が追加される。セイはある個所を探していた。指の第一関節を曲げると、こり、とした感触と共にジゼルの背筋が大きく撓った。 「ここが、君の前立腺だ。雄でありながら雌のように中だけでイける場所。」 「―…っ!―…っ!」 ジゼルはぎゅっと目を瞑った。 「ジゼル。目を開けて俺を見ろ。これから、君を犯すのは俺だ。覚えていなさい。」 「…。」 波で潤んだ瞳が開けられる。 「いいこだ。」 セイはジゼルの頭を撫でてから、徐に自分が着ていた服を脱ぎ肌を露わにした。そして、自らの雄をジゼルの解された秘部に当て、ゆっくりと挿入を始めた。ジゼルの膝はがくがくと震え、肌は汗ばんできた。 セイの性器の形を教え込むかのように、じっくりと咥え込ませて、やっと根本まで全部が入った。 「…ここに、俺のモノが入っているのがわかるかい?」 そう言って、セイはジゼルの僅かに膨らんだ下腹部を掌で軽く押した。 「ひ…っ、」 その圧迫感にジゼルは軽く悲鳴を上げる。 「まだまだだ。動くぞ。」 ゆっくり、ゆっくり抽出は始まった。揺らす程度だった力加減も、その内肌がぶつかり合うほどの暴力性のあるものに変わる。ぬる、とギリギリまで抜かれ、次の瞬間には最奥まで抉られた。 「嫌…。く、首絞め、て。」 「…何?」 セイは一瞬、動きを止めた。 「首、絞めて…セイ…っ!」 泣きながら懇願するジゼルの首に、セイは手を伸ばした。その細い首に指を絡ませ、そして。 「俺が君の首を絞めると思うかい?」 その指はするりと解く。 「…痛くして…。苦しい方がいい…っ!」 「君は苦痛で俺を覚えるんじゃない。快楽で覚えるんだ。」 「そんな…、ずるい…。」 「いいから。」 ジゼルは気付いていた。セイが自分のイイところだけ突いてくることを。恐ろしかった。気持ちがいいと思ってしまうことが。 もっともっと乱暴に扱ってほしかった。まるで人形のように、はけ口にしてくれたらいいのにと思った。 ジゼルは絶頂を迎える。 「ふああ、ぃ、あ」 どくんどくん、と波打って、自分とセイの腹を濡らした。 Next.

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