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Sugar doll.【下】

『セイ…?』 携帯端末の非通知からの電話だった。非通知設定は自分自身で割とよく使う方だから、電話を取るのに違和感はなかった。 電話はジゼル…、ジゼル・シュヴァンクマイエルからだった。か細い声で、自分の名を呼んでいる。 セイ・アマルフィは日付をみる。彼のハニートラップの決行日はいつだったか。確認してみると、ジゼルを抱いたあの夜から一週間が過ぎていた。あの日、ジゼルは泣きながらセイの部屋を出て行った。ジゼルは『最悪なセックス』を望んでいたが、セイはあえて乱暴に扱わなかった。優しく触れ、ジゼルの感じるとこだけを責めたてる快楽が伴うセックスだった。ある意味では最悪な結果になったのだが、事が終わるとジゼルは服をかき集めて「貴方は酷い」と言いながら、泣きじゃくった。何が酷いものか。酷いのは、君の方だ。 「…ジゼル?今どこにいる。諜報が失敗したのか?」 『失敗?するはずないじゃないですか…。』 それは。成功したということは。 「そうか。寝たんだな、ターゲットと。」 『はい。』 「頑張ったな。」 『…。』 「ジゼル、どこにいるんだ。迎えに行くから。」 間をおいて告げられたのは、怯え、瞳を閉じていたあのベンチ。セイは上着も羽織らず外に飛び出した。走って向かうと、ジゼルはあの日と同じく瞳を閉じて座っていた。手には携帯端末が握られている。カタカタと震えていて、一瞬、声を掛けるのを戸惑ってしまった。すう、と息を吸うかのように瞼が開けられた。 「…セイ…。」 ジゼルの瞳は揺らぎ、セイを捕えた。そして手を伸ばす。セイは迷わずその手を取った。立たせ、ぎゅ、と抱きしめてジゼルの首筋に顔を埋める。知らない石鹸の香りが鼻に着いた。ジゼルの頭を撫でながら、よしよしともう片方の手で背を撫でた。 「…お疲れ。頑張ったな。」 再び、その身体の負担をねぎらって手を引いた。 「おいで。寒いだろう。」 ジゼルは無言でセイの後をついてきた。その手は冷たくて、強張っていたことを覚えている。 家に着き、まずジゼルを風呂に入れることにした。 「…これは…、」 されるがままに服を脱がされたジゼルの身体には、痛々しく鬱血したキスマークと歯型と、蛇が這ったあとのような綱の痕。ターゲットはイレギュラーな性癖の主だったと垣間見えた。 「セイ…、寒い。」 「あ、ああ。すまない。」 ジゼルの声に我に返り、セイは蛇口をひねった。どど、と湯気を上げて熱いお湯がバスタブに注がれる。 「…。」 お湯が溜まるまで、膝の上にジゼルを抱いていると震えていた身体がいくらかマシになってきたのが分かった。ジゼルは黙ってセイに抱かれていた。 「沁みないかい?」 「平気だ。」 ゆっくりとバスタブの中に下ろし、お湯の中にジゼルを沈める。タオルを宛がい、その素肌を拭っていく。優しく、柔らかい泡を立てて。 「セイも入りませんか。」 「否、俺は遠慮しておくよ。」 ジゼルは、ふむ、と一瞬考えたそぶりを見せ、次の瞬間にはセイに向かって、バスタブのお湯を手で掬い盛大に掛けた。 「これでも?」 ぽたぽたと水分を滴らせながら、セイは参ったと両手を上げた。 「…入るよ。」 二人だと狭いバスタブは一つの世界のようで、とても静かだった。白いミルク色の湯気はその世界を守る殻。時折零れる雫は、時の流れ。 ジゼルが身動ぎ、お湯が揺れた。 「…ん?どうした?」 「どうして…、貴方は僕に優しく触れるんですか。」 「理由が必要?」 「必要です。」 「理由…、理由ね。」 セイは考えて、そして。 「無いな。」 「理由が…無い…。」 「そうだ。」 ジゼルの瞳から大粒の涙が零れ、頬を伝った。そして子供のようにしゃくり上げた。 「ッく…、ひ…。」 「ジゼル?」 「僕は…、理由なく傷つけられたんですか?」 「…困ったな。優しさと傷は同列だったのかい?」 あやすように、ぎゅう、と抱きしめるとジゼルの身体の震えは増した。身体の間にお湯が浸食し、より密着される感覚に陥る。 「そうですよ…っ。貴方、バカなんですか。」 そう言いながらも、ジゼルはセイを抱きしめ返した。 「謝らないよ。」 「謝ったら、引っ叩きます。」 「俺はソファで寝るから、君はベッドで寝なさい。」 「でも、」 「君は今、疲れてる。休息が必要なんだ。」 風呂から上がり、軽く食事を済ませた後の事だった。セイはジゼルを休ませたいためにベッドを譲ろうとし、ジゼルはベッドは家の主が使うべきだと主張した。話は平行線をたどり、結局手っ取り早くじゃんけんで決めることになった。 「いきますよー。じゃーんけーん…、」 結果。セイ、チョキ。ジゼル、グー。 「君というやつは…。少しは華を持たせてくれてもいいところを。」 「負けたんですから、文句言わないでください。じゃあ、僕はもう寝ます。」 ジゼルはそういうと毛布とクッションを共にソファに寝転がった。セイは渋々、寝室に引き上げる事となった。 「何かあったら、声を掛けてくれ。」 振り返ってそう告げると、ジゼルはすでに毛布にくるまっていた。 チッチッチ、と時計の秒針が廻る音が響く。時刻は深夜2時過ぎ。セイは何度目かの寝返りを打って、眠れない夜を過ごしていた。 ジゼルはちゃんと眠れているだろうか。嫌な夢を見ていないだろうか。 「―…。」 セイは眠ることをあきらめることにした。起き上がり、窓をカラカラと開ける。冷気がどっと部屋に侵入してきて、束の間気分が晴れるようだった。 煙草に火をつけて、一服。深く肺の底までニコチンを摂取すると、幾分か気は落ち着いた。満足し短くなった煙草を灰皿に押し付けていると、控えめにでも確かに寝室の扉がノックされた。 「?」 ゆっくり扉を開けてみると、そこはクッションを抱えたジゼルが決まり悪そうに立っていた。 「どうしたんだい?」 「…、」 ジゼルは視線を泳がせつつ、言いにくそうにぼそりと呟いた。 「…一人じゃ、寝られない…から。」 「うん?」 「寝かしつけてくださいませんか。」 「!」 セイは目を見開いて、次の瞬間微笑んでジゼルを寝室に招き入れた。 「どうぞ。」 ジゼルはセイのベッドの中に潜り込むと猫のように丸まった。セイも開いた隙間に横になる。何となく、ジゼルの髪の毛に手を触れてみると、ぴくりと肩を震わせた。ジゼルを抱いたあの夜がまざまざと思い出され、触れる指先に疼痛にも似た痺れが走った。 ずっと撫でていると徐にジゼルは上半身を起こし、影を落とした。ジゼルからの初めてのキスは、酷く無機質な感じがした。 「…セイ、は何もしなくていい…、だから僕にさせてください。」 そう言うとジゼルは貸した服を脱ぎ、ベッドの下に落とした。衣擦れの音が妙に鼓膜に響く。 「…何を。」 「セックスです。僕が上に乗ります。」 そういうとジゼルはセイの下半身に手を添えて、服の上から触れた。たどたどしく触れられ、セイの性器は段々反応してくる。膨らんだ服越しに、ちゅ、とキスをしてそっと着衣を乱した。セイそのものに直接触れ、形を確かめるようにジゼルは口に含んだ。 「…ふ…、は。」 ジゼルの口は小さく全てを納めきれないので、途中、根本をぺろぺろと舐めた。淫靡で背徳感のある様子が視覚、聴覚、触覚で感じられた。熱い吐息と口腔内の滑り気ですでに、セイは射精感を覚えてしまっている。 「ジゼル、もういい。離れてくれ。」 「…。」 ちら、とセイを仰ぎ見て、ジゼルはそれでも止めなかった。ちゅく、と一際大きく口に含んだ刹那、セイはジゼルの口腔内に白濁とした液体を放ってしまった。ジゼルは苦しそうに涙目になりながら、けほけほとむせた。 「…すまない、大丈夫か?」 「平気、です。」 ジゼルは口の中の残滓と唾液で指を濡らし、自らの秘部に宛がった。くち、と音が響く。まるで自慰をしているようだとセイは思った。その行為の意味に頭に熱が籠ったかのように、くらくらした。 やがてジゼルはセイの腰の上に跨った。そして、セイの性器を自分の秘部に導く。 「…入れますよ…。」 ゆっくり、ゆっくりとジゼルは腰を沈めていく。途中何度か止まり、深呼吸を繰り返した。 「―…は、あ」 「ジゼル、無理するな、」 止めようとすると、ジゼルはいやいやをして続けると言い張った。褐色の肌は冷や汗をかき、鬱血した痕がより一層濃い色に変色してきた。セイとしては痛いほど締め付けられ、しかもゆっくりと進行形なのは頂けなかったが我慢した。 時間をかけて挿入され、やっと全てが収まるとジゼルは汗だくになりながら、息を吐いた。 「動きます…ね。」 恐る恐る、ジゼルは腰を動かす。ぬる、と出し入れが繰り返される。緩やかな刺激に耐えきれなくなったのはセイの方だった。 「…こうするんだ。」 ジゼルの腰を鷲掴んで、セイは上下に揺さぶりを始めた。 「ぁ、あああぁ、深い、ぃ、っ!」 悲鳴にも似た嬌声を上げながら、ジゼルは涙を零した。そしてセイに縋り付く。 「っふ、うああ、」 ぐちゅぐちゅと水気を帯びた音が響き、ジゼルからも雫のような精液が零れ始めた。 「ちょっと、すまない。」 セイはつながったままジゼルを抱きかかえ、体勢を逆転させた。 「嫌…っ。今日は、僕が、」 「もう、無理しなくていい。大体、こういうこと苦手だろう。君。」 「僕は、もう出来ます!」 「じゃあ、そういうことにしておこう。続きを始めるが?」 「…っ。さっさとしてください、お腹苦しいです。」 「わかった。」 徐々に抽出活動が激しくなってくる。ジゼルの口からは絶え間なく甘い声が零れた。 互いの絶頂が近づく中、ジゼルは許しを乞うように、願うようにセイの耳元で囁き続けた。 「セイ…セイぃ…、お願、い。リセットして…っ!」 「…いいよ。実際、君の初めては俺で、それは覆すことのない事実だ。それをよく覚えていなさい。」 一際、大きく腰を打ちつける。 「や、あ…っ!」 「君が不本意に誰かに抱かれた次の日は、俺の抱かれに来い。」 ジゼルは涙を零しながら、頷く。身体を揺らされる拍子に、その涙は散った。 「ジゼル・シュヴァンクマイエル。君の最後の相手は、このセイ・アマルフィだ。覚えていろ。」 了

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