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第9話 終幕
「・・・そろそろかな。」
キッチンに置いていた包丁に手を伸ばす。
「ただいま、秀磨。」
あの男が、帰ってきた。
「お帰り、父さん。」
(そして、さようなら。)
ザクリ。僕は、首を掻き切った。
「・・・思った以上にあっけないな。」
父親だったものの首は裂け、血しぶきをあげている。
「動脈、上手く裂けたんだね。こんな奴でも、血の色はすごく綺麗だ。赤い、夕暮れ時の空の色。」
血が止まらない。掃除が大変になりそうだ。
「・・・秀、磨?」
「!」
怯えが混じる声の先には、兄さんが立っていた。
「兄、さん?何でいるの?ホテルから出たらダメだって言ったのに。」
外は危ない。信用のおける完全に支配した人間でなければ、傍においてはいけない。兄さんを傷付けるなんてことが、あってはならないから。
「秀磨が出てくのが見えて、それで、」
「・・・」
今僕は凶器を以って、血まみれでここに立っている。もしかしたら自分が殺されるかもしれない。そんな状況にもかかわらず、必死に、僕に嫌われてしまわないように頑張って離そうとする兄さんが愛しくてたまらない。
(必死に話す兄さん、可愛い。)
「それで、ついてきちゃった?」
コクリ。兄さんは何も言わず、ただ、そう頷いた。
「兄さん、そんなに怯えないでいいよ。怒らないから。僕のことを心配してついてきてくれたんでしょ?ありがとう。」
本当に、嬉しい。兄さんが僕のことを思って危険を侵そうとするのは問題だが、それは僕が心配させないくらいに強くなればいいだけの話だ。
「・・・ねえ、秀磨、それ、あの男?」
兄さんが死体に少しだけ視線を向けて上目遣いで僕に尋ねる。
「俺たち、自由になった?なれた?」
(ああもうなんでこんなに可愛いの。)
「うん。そうだよ。僕たちは自由になれたんだよ。もう、嫌な思いをすることも、我慢することもないんだよ。」
そんなこと、僕が許さないし、起こさせない。
「もう、兄さんが傷つくことはないんだよ。」
二度と。必ず。僕が、兄さんを守るから。
「ほんと、に?もう、我慢しなくて、いい?」
どうやら、まだ信じ切れていないようだ。
(まあ、無理もないか。あれだけ、傷を付けられたんだから。躰にも、心にも。)
「うん。いいよ。」
バフッ。
「!」
「あ、りがとぉ、秀磨ぁ。」
兄さんは僕に抱き着き、今まで我慢してきた涙を零した。
「秀磨。秀磨。秀磨。だいすき。ありがとぉ。」
ぼろぼろ。ぼろぼろ。大粒の涙が兄さんの瞳から零れていく。
「ううん、兄さん。兄さんのほうこそ、今までよく頑張ったね。僕も、兄さんのことが大好きだよ。」
僕は兄さんの涙を拭いながらそう言った。
「その時、確かに僕たちは結ばれたんだ。」
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