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第一幕

  それはまさに争いと荒廃の時代  相次ぐ戦乱でたくさんの大名が当主を失い、その跡継ぎすらも若くして戦火の中で命を落とした。大名家自体がもはや次々と没落していく中、とある家の老夫婦が家も名誉も捨て、都から命からがら逃げ出した。とっくに差し出すものなど無いというのに、老いた命すら戦に捧げよ、と上から厳命が下っていた。老夫婦は萎びた足を引きずりながら、追手も戦禍も及ばぬ深い深い山の奥の方まで逃げ果せた。ようやく腰を据えた場所は険しい霊峰の近くで、廃屋を拝借し何とか先の短い命を繋いだのだった。よそ者に対して閉鎖的な近隣の村人から疎外されながらも、戦にまみれた都の地獄よりはずっとマシだと慎ましく暮らし始めた。  それから暫く経ったある日、廃屋の近くの川で水仕事をしていた婆さんが、金色の実を拾って帰ってきた。外国との流通もあった都でさえも、こんな果実は見た事がない。まん丸でふくよかな形にふわふわとした手触り…若い娘の尻のように緩やかな筋が刻まれている。何より、果物だというのに高貴な飾り物のような見事な色味に二人はとても驚いた。川から流れて来るなんて、天から授かった貴重な宝物に違いないと、大事に飾っておきたい気持ちもあったが、大切に扱っていたものの既に実の一部が変色し始めており、これは完全に傷んで駄目になってしまう前にどうにかせねばなるまい、という気持ちが勝った。芳しく芳醇な甘い香りを漂わせるそれが、熟れて食べごろだということはとっくに分かっていた。  朝が来るなり、婆さんが悲鳴をあげる。然し同じく爺さんも驚愕の声を漏らした。目が覚めて始めに顔を合わせた長年連れ添った妻は、遥かに時を遡り生娘だった頃の面影に戻っていた。年老いては何度も思いを馳せた若りし頃が目の前に戻ってきたと言うのに、あまりに唐突な出来事になかなか受け入れることが出来ず、しばし二人は呆然としていた。婆さんの目の前にも、許嫁としてやっと対面したばかりの頃の、猛々しく凛々しい若者が驚いた顔をして座っていた。  昨晩二人は、金色の果実を丁寧に二つに割り、仲良く口にした。舌が痺れるほどの濃厚な甘さに盛大に舌鼓をうった。甘いものを食べるなど、もう何年ぶりだっただろうか。果汁の一滴すら勿体無いと、滴った汁を啜るほど貪ったのだ。その日、夕餉として口に出来たのはそれだけだった。爽やかにとろける果実の至極の旨味の余韻を噛み締めながら、幸せな気分で老夫婦は眠りに就いた。そして朝を迎えたのだ。夢ではないのかと探り合ったものの、状況は変わることなく刻ばかりが過ぎた。いくら思考を巡らせても、奇跡に対しての答えは出ないと互いに諦め、日常に戻る事にした。  若い頃から仲睦まじく想い合っていた夫婦にとって、思い出の中にしか存在しなくなった美しかった相手の姿を取り戻した事は、深い喜び以外の何物でもない。現実に起きた不思議な出来事を受け容れられず呆然としていたことが嘘のように、その夜から年月のせいで忘れかけていた愛欲の熱を共に取り戻していった。

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