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第1話 『荷物』が来た

 遠距離恋愛中の彼女が取扱説明書付きで持ち込んだ『荷物』を前にして、俺、松田理仁亜( まつだりにあ)は言葉を失っていた。  ♡西村颯也(にしむらそうや)の取扱説明書♡ ・朝はとりわけデリケートなので優しく起こすこと。 ・起床後は歯を磨いて洗顔し、服をコーディネートして着せること。 ・朝食はフレッシュジュースとクロワッサン、もしくはデニッシュを与えること。その際、食べやすくちぎって一口ずつ口へ運ぶこと。 ・登下校は車で送迎すること。 ・入浴は欠かさないこと。全身隈なく入念に洗うこと。 ・夜は添い寝し、寝付けない時は物語を聞かせること。毎回違う話が望ましい。 ・夜中にトイレに起きた時は、必ず付き添うこと。 ・その他、諸々要注意。 「お願い! 理仁亜だけが頼りなの」  俺の恋人・西村麗羅(にしむられいら)は両手を合わせて、あたかも神に祈るがごとき大仰な仕草で何度も頭を下げるのだった。 「よろしく、お願いします」  と、麗羅の傍らの、その『荷物』は言い、同様に頭を下げた。  その『荷物』、西村颯也(にしむらそうや)、十八歳。ピッカピカの大学一年生。麗羅の弟である。  颯也には、沙耶(さや)、麗羅、真凛(まりん)という三人の美しい姉がいる。  彼は西村家の待望の男児で、生まれた瞬間から肉親たちの寵愛を一身に受けて蝶よ花よと大事に慈しみ育てられた。  しかし、それが災いして、誰かの手助けなしにはほとんど日常生活ができないまま、大学進学のために実家を離れることになったのだった。  親元から通える大学が望ましかったらしいのだが、それは学力的にままならなかったという。  幸いにして、というべきか、俺にとっては甚だ迷惑千万な話なのだが、颯也が通うことになった大学が在る都市には、たまたま、二番目の姉・麗羅の彼氏、つまり俺の住まいと会社があった。  そこで、地獄に仏とばかりに、西村家では俺に白羽の矢を立てたというわけであった。  しかしながら、こういうことは事前に相談して欲しかった気がしなくもない。心の準備というものが必要だ。  それとも、こちらに考える猶予を与えず、半ば強引に承諾させようという麗羅の策略なのだろうか。  確かに、予め打診を受けていれば、二の足を踏む案件だ。 「この取扱説明書だけど……」  手渡された紙片の内容と目の前の男子大学生を、どう結び付けたらよいのか、俺の頭の中で混乱が生じていた。 「まさか、彼の……?」  まさか、この大学生の世話のマニュアルなどではないだろうと思いながらも、一応、尋ねてみた。 「颯也の世話の仕方よ。この通りにお願いね」  麗羅は当然と言わんばかりの顔でにっこりと頷いた。 「ええっ⁉」  その、まさか、だった。 「これじゃまるで赤ん坊を預かるようなものじゃないか。俺に、こんなことできるかな? ……って、そういう問題でもないだろ!」  俺は取扱説明書の内容に愕然とし、思わず一人ツッコミで自分の置かれた状況を茶化して現実逃避を図った。  それにしても、赤ん坊同然の大学生とは! つづく

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