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プロローグ 1

 遥か昔、まだ人が存在しない時代、地表は意志を持つエネルギー体に覆われていた。そこに生命が誕生し、人へと進化して行く中で、エネルギー体は命あるものと同化し、肉体を持った。限りある時間を選び、記憶を消し、人として意志を未来に繋げることにした。しかし、ごく僅かなエネルギー体だけは、記憶を残し、悠久の時に意志を繋げる道を選んだ。自然と共存し、太陽の光を糧として、意志の力を強めて行った。いつしか太陽と同じ輝きをうちに宿し、より強固な意志で人形(ひとがた)をも形作れるまでになった。  エネルギー体を中心に、個々に意志を持つ眷属が生み出され、それらはひとつにまとまり、揺るぎない光を発揮し始めた。エネルギー体が放つ意志の光は、人々の生活を左右し、肉体にも影響を与えた。エネルギー体には知り得ない喜びと苦しみが、肉体を持つ人の世に満ち満ちた。  当初、人はそれを神と敬い、称えたが、のちに鬼と恐れ、蔑むようになった―――。 プロローグ  春四月―――。  新入生が見せる初々しさが色褪せずにいる頃、賑々しいホームに列車が入って来た。この先にある駅が、併設大学を有する県内屈指の中高一貫の男子校『鳳盟学園(ほうめいがくえん)』の最寄駅である為に、ホームは同じ制服に身を包む少年達で溢れている。新興住宅地として開発が進むに従って新設された駅に集う少年達の賑わいには、由緒ある家柄を優先する『鳳盟学園』に入学出来たことで、今以上の社会的位置を確立させたいと望む親達の思いも表れている。  それはいつもの光景、運行上、他の駅よりも停車時間が長いと知る生徒達が、緩慢な足取りで車両へと向かう。それを目にする車内の生徒も、見慣れた様子に別段の興味も見せていない。その中で一人だけ、列車の到着により、ドアが開いた瞬間を、異なるものと捉えた生徒がいた。 「見ない顔だな……」  蜂谷省吾(はちやしょうご)は誰に聞かせるでもなく、喉の奥深くに声を小さく響かせた。心を抉る(えぐる)激しい音で、周囲の雑音を遠ざけようと聞いていた音楽も、気付けば耳に届いていない。省吾はスイッチを切り、イヤホンを外してポケットに押し込み、そこに見えるものへと視線を定めた。壁にもたせ掛けていた長身を起こし、車内の喧騒を背にしてドアへと向かわせ、文字通り輝くばかりの美貌に目を細めた。  それは見た目の美しさを押し隠すかのように、同じ制服の集団から離れて、ホーム中央の柱に苛立たしげに身を潜ませている。毛色の違う雰囲気が周囲とのあいだに軋轢を生み、苛立ちを募らせているようだが、それでも惜しみない愛情を注がれて、大切に育てられただろう品のいい素直さは見て取れる。 「幻……じゃない、よな?」  同じ学園の生徒だというのは、濃紺のブレザーの胸ポケットのエンブレムを見ればわかることだ。臙脂色(えんじいろ)のネクタイで中等部であることもわかる。見たところ、省吾の肩辺りの背丈からして、小学校を卒業したての新入生とも思えない。それなのに、制服もスクールバッグも真新しいものに見えた。  『鳳盟学園』の方針では、高等部への外部入学は認めても、中等部への中途編入は認めていない。有り得ないことを前にして、省吾の目に映るそれは、人らしい苛立ちを見せてはいても、粛然とした美しさ故に非現実的なものにも思わせる。  その美を眺めていると、ぬるぬるとした妖しい雫が、たおやかな光明にしたたり落ちる(さま)が脳裏に浮かぶ。広がり行く雫に為す術もなく、打ち震える光のしめやかな揺らめきが悩ましい。瘴気(しょうき)漂う雫に飲み込まれてもなお、輝きを失わずにいる光に、気持ちが高ぶる。  省吾は(へそ)の下辺りが熱く疼き出したのを感じ、こうなると自制を利かさなくてはならないと思う。幸いにも省吾には、何事も意志の力で静められる能力がある。どうにか恥をさらす前に宥められたものの、初めてとも言える経験に、烈々たる思いは迸る。  省吾は気持ちを抑えられずに、口元を綻ばせて、ひそやかに呟いた。 「ああ、アレが欲しい……」  欲望に掠れた省吾の声を、すぐ後ろにいた生徒が聞き付けた。直前まで、その生徒は仲間と一緒に、ふざけたイベントを話題に盛り上がっていたが、省吾の声につと振り向き、それと同時に仲間も話をやめている。  話題の中心に省吾がいたのは事実だが、省吾にとって一時の興奮に意味を持たないことを、その生徒は知っている。省吾を話の輪に引き入れるという無駄なことはしない。省吾も無視されていようが気にはしていなかった。

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