とある時代、村々を荒らす鬼を退治しようと義憤に燃える少年の姿があった。 少年の名は桃太郎。齢は十七。 彼は鬼の本拠地である鬼ヶ島を探し、半年ほど旅を続けていた。そしてついに明日、鬼ヶ島へ上陸することとなったのである。 鬼ヶ島の対岸にある村では、鬼退治へ向かう桃太郎のために宴が開かれていた。 村中の酒やごちそうが村長の屋敷に集められ、誰でも出入り自由と謳えば、村人たちは多く集まり、飲めや歌えの大騒ぎである。夜も更けてきたというのに、男連中はますます盛り上がり、いっこうに終わりの気配がない。 そろそろ明日に備えて暇乞いをしようかと考えていた桃太郎だったが、彼のもとに、忙しなく配膳に回る女たちをかきわけ村長がやって来た。 「さあさあ、もっと飲みたまえ！」 桃太郎の肩を組み、赤らんだ顔を近づける。桃太郎が苦笑いで断ろうとしたとき、すっと、直垂の袖が彼の視界を遮った。 桃太郎と村長の間に割って入ったのは、犬飼真人だ。彼は大きな瞳をつりあげて、桃太郎を背にかばう。 「村長殿、我が主はお酒が弱いのです。これ以上飲ませることは許可できません！」 上背のある彼に隠されてしまうと、小柄な桃太郎は村長がどんな顔をしているかまるで見えない。だが、一介の流浪人に生意気な口をきかれて、気分を害さないわけがない。桃太郎は犬飼の背をつついて言葉を慎むよう促す。 「ねえ、犬……」 しかし、振り返った犬飼は、褒めてと言わんばかりに瞳を爛々と輝かせていた。おでこまでむき出しの短髪のため、表情が丸わかりだ。もし尻尾が生えていたら忙しなく左右に振られていたことだろう。まるで犬そのものである。 (せっかくの美丈夫なのに……) つい笑ってしまう。すると、犬飼は桃太郎を力の限り抱きしめた。 「俺っ、ちゃんと主を守りましたよね?! だから笑ってくださってるんですよね?! 俺っ、俺っ、優秀な番犬でしょう?! はああ、主の笑顔めちゃくちゃかわいいです！」 「わっ、わっ、わかったから離れて！」 体格のいい犬飼からの抱擁は圧死しかねるほどの強さだ。そのうえ頭をぐりぐりとこすりつけられ、息が苦しい。桃太郎は必死の抵抗で身体をばたつかせた。そんな桃太郎を解放してくれたのは―― 「猿渡！」 神経質そうな美形、猿渡切嗣だった。細身ながら犬飼を払いのけ、桃太郎を腕のなかに収める。彼はうずくまる犬飼にきついまなざしを向けながら、ふんと鼻で嗤った。 「主人を苦しませるなんてとんだ駄犬ですね。主、こんな駄犬はさっさと捨てたほうがよろしいのでは？」 「なっ！ なんてこと言うんだ！ 犬飼はいつもずば抜けた戦闘能力で僕を守ってくれる立派なお供だよ！」 「桃太郎殿……！」 　ひざまずいたまま感極まる犬飼とは対照的に、忌々しそうに舌打ちする猿渡。 「こら、舌打ちなんてしちゃだめ」 「失礼。主が犬ばかり褒めるので拗ねてしまいました」 「ええ?! 猿渡だって、頭が良くって道中いろいろ教えてくれるからとても助かってるよ」 「……それだけでは足りません。頭の一つでも撫でて頂かないと」 「それ、嬉しい？」 「ええ、とても」 　自分より三つも年上の男が頭を撫でられたがるなんて不思議だ。そう思いながらも、桃太郎は差し出された頭をよしよしと撫でてやる。 (猿渡の髪の毛はさらさらで気持ちいいなあ) 　そんなことを考えていたため、彼が得意満面な面持ちをしていることに気がつかなかった。勿論、それを見た犬飼が歯ぎしりしていることにも気づいていない。 そのとき、両肩にずしりと重みが加わった。