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二.
「何やってんのお」
背後から覆いかぶさってきたのは、雉沼飛鳥である。彼は桃太郎の耳に唇を寄せ、ゆるりと間延びした声音で続けた。
「俺以外の男に触れちゃだぁめ」
「そんなの無理に決まってるって、いつも言ってるだろ」
雉沼は独占欲が強く、桃太郎が誰かと話をするたび――特にお供である犬飼や猿渡と話すと、すぐに機嫌を悪くする。今だって、声色が固い。
「あんまり俺の言うこと無視してると、そのうち閉じ込めて俺だけしか見られないようにしちゃうよお」
「雉沼こそ僕の言うこといっつも無視してるよね? それとも本当に忘れてるの?!」
雉沼は、むっすうと頬を膨らませていても美しい。女のような中性的な面立ちをしていて、初めて会ったとき、性別を間違えてしまったほどだ。
「絶対そんなことはさせません!」
「犬は黙ってて」
立ち上がった犬飼が、雉沼を引き離そうとする。猿渡も雉沼の腕をつかみ、にらみを利かせた。
「誰があなたに我が主を譲るものですか」
「譲るっていうかあ、最初から俺のものなのお」
「そんなわけありません!」
ぎゃんぎゃん騒がしいこの三人は、鬼退治に向かう道中、桃太郎が拾った。戦乱の世と称されるこのご時世、傷を負い、死ぬ間際の侍たちが道中転がっていることはままあることだ。彼ら三人も、そうした侍たちの一人だった。桃太郎が持っていたきび団子のおかげで一命を取り留め、お礼に鬼退治についてきてくれることとなったのである。
桃太郎は、小さな農村から出てきた田舎者だ。それが、名字を持つ生粋の武士たちをお供につけるなど大それたことだ。そのため、彼らの申し出を何度も断ったのだが、彼らは無理やりついて来てしまったのである。
「お、俺が一番初めに拾っていただいたんですよ!」
「順番なんて関係なくなあい? 重要なのは愛の深さだよ、お子ちゃまわんこくん」
「それでしたら、私が一番主のそばにいるのにふさわしいですね」
「はあ? 馬鹿言ってないでよ、おっさんのくせに」
「それだったら十六の俺が一番年下です!」
「同い年が一番いいに決まってるんだからぁ」
「ああ、もう! うるさい!」
頭上で交わされる口論に、桃太郎は大きな雷を落とした。ぴたりと三人が口をつぐむ。
「僕はもう寝る! ついてこないでね!」
「「「えっ」」」
彼ら三人は毎夜、桃太郎と添い寝をしたがる。闇討ちに備えるためということで、夏だろうがお構いなしだった。夜通し気を張っていなければならないのだから疲れるだけだと思うのだが、彼らがその役目を巡って日々争っているのを知っている桃太郎は、あえて今晩の添い寝を禁止した。仲良くできなかった罰だ。
「それじゃあおやすみ!」
いつの間にか上座に戻っていた村長に改めて礼を述べ、桃太郎は一人宴の席を抜け出した。
(もう、本当に困っちゃうな)
お供の三人は、命を救った桃太郎をそれはもう大切な主としてあがめてくれる。それゆえの暴走だとわかっているから、普段は多少行きすぎな部分があっても大目に見ていた。しかし、ついに明日鬼と対峙するにあたって、彼らの不仲は正直少し心配だ。
ため息をついて明日を憂う。しかし、村長に用意してもらった布団に潜り込めば、すぐに眠気はやってきた。
村で待つおじいさん、おばあさん、道中出会ったたくさんの人たち、そして、ついて来てくれたお供の三人。彼らのためにも明日は失敗できない。今日はよく寝て、明日に備えよう。秘策を実行するためには、万全の体調で挑まなくてはならないのだ。
桃太郎はそっと瞳を閉じた。
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