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六.
「ああ、そうだな。おまえが口うるさいから、俺は手下どもに人間を襲わせないようにしていた。しかし、おまえは消えた。……言うなれば、おまえのせいで近隣の村が襲われることになったのだぞ、桃太郎」
「……!」
「おまえが帰って来てまた文句を言い続けるようだったら、俺としても行いを改めざるを得ぬかもしれんがな」
(これは罠だ)
猿渡は気づいた。鬼は、近隣の人間すべてを人質に桃太郎を連れ戻そうとしているのだと。
雉沼は、鬼が自分と同族だと理解し嫌悪した。桃太郎を手に入れるため手段を選ばない姿は虫唾が走る。
犬飼は怒った。桃太郎が泣きそうになっているのは目のまえの鬼のせいだ、ということだけはわかったから。犬飼が腰の刀に触れると、かちりと鍔が鳴った。
桃太郎は首を振った。
「ここには働き盛りの若い鬼がいっぱいいるじゃないか。でも、おじいさんとおばあさんには僕しかいないから……僕は鬼ヶ島には残れないよ」
鬼一が求めているのはおそらく労働力ではないだろう。しかし、お供三人、敵に塩を送るようなことはしない。
「そうだよお、桃太郎には大切なおじいさんたちがいるんだからここでは暮らせないよねえ。もちろん俺はどこまでも桃太郎についていくけどねえ」
雉沼だけでなく、犬飼と猿渡も深くうなずいて同意した。
「では聞くが、痩せぎすでちっぽけなおまえが、どうやって俺に勝つと言うのだ?」
心底不思議そうな鬼一。美女たちも「辞めておきなさいな」と口々に言う。桃太郎と顔なじみの女性たちも何人かいて、本当に心配そうな表情を浮かべていた。
誰も桃太郎が敵うわけがないと思っている。それこそが、桃太郎の考える勝機だった。気づかれないように何度か唾をのみ込み、桃太郎は慎重に口を開いた。
「鬼一は昔からよく言ってたよね。弱いやつが勝負に勝つには、自分が勝てる土俵に相手を上げればいいって」
「ああ、言ったな」
「僕は、鬼一が楽しいことに目がないのを知ってる。だから、僕から提案する勝負は――飲み比べだよ!」
一瞬の間。そして、爆笑。
「はっはっはっ! 下戸のおまえが俺と酒の量で競うだと?」
「そうだよ、乗らないの?」
桃太郎は、なるべく挑戦的に聞こえるよう、つんと澄ました態度を見せた。そのほうが鬼一の興が乗ると知っているからだ。わざとつんけんするのは苦手なので、手に汗がにじんでいる。どうか応じてくれ、という桃太郎の願いが通じたのか、鬼一はおもしろそうにうなずいた。
「いいだろう、おまえが勝ったら近隣を荒らしている手下どもを撤収させよう。ただし、俺が勝ったら、」
鬼一は途中で言葉を止めると、ゆらりと立ち上がった。二歩距離を詰め、桃太郎の眼前に立つ。くい、と、彼の顎をつかみ、真上から彼をのぞきこんだ。先ほどまでのにやついた表情が消えうせる。
「おまえは一生俺のもとで飼うぞ。もう二度と逃がさない」
その目に宿る執着心に、お供三人総毛立った。この鬼は本気で、桃太郎を捕らえようとしている。しかし、彼の執着心におそらく桃太郎だけが気がついていない。
桃太郎は自らの望む展開になったと喜色満面だ。
「いいよ! ただし、僕一人が相手じゃないよ。この三人も相手だ! 僕と一心同体のお供だから、いいよね?」
彼にとって、供人たちを勝負に混ぜるというのはとっておきの奇策だったらしい。得意げに、鬼一に見せつける。しかし、彼は鷹揚にうなずいて、渋ることなくそれを受け入れた。
「いいだろう、己の力不足で大事な大事な桃太郎が俺の腕のなかに収まるところを見せつけてやる」
勿論、お供三人、大事な主をこんなところで奪われるつもりはない。
「望むところです」
「愛の力で勝っちゃうからね」
「俺たち、お酒は強いんです!」
―――その後の結末はさまざま伝わっており、真実はわかっていない。
桃太郎が正義を貫いて勝利したとも、鬼が桃太郎を食らったとも言われている。桃太郎が勝利したと伝える文献には、飲み比べの最中にお供三人が桃にかじりつき、常ならざる力を得たためと記すものも多い。
ともあれ、桃太郎が鬼退治に出向いたのち、鬼が人里を荒らすことはなくなった。それだけは確かである。
これにて一件落着。めでたしめでたし。
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