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第82話
レイはリチャードの方へ体を寄せると、下から彼の顔を覗き込む。
「本当はさ、ローリーのこと気になってるんじゃないの? 僕とローリーどっちが好きか言ってよ」
段々口調が雑になってきたのが気になって、リチャードが顔を見ると、レイは厳しい表情で睨んでいた。
――やばい、怒ってる……
「俺がローリーさんのことをどうこう思う訳ないだろう? それはレイが一番良く知ってるじゃないか」
「……知らない」
「は?」
「知らないよ。リチャードが本当はどう思ってるかなんて、分かる訳ないだろ? そんなの本人にしか分からないじゃないか」
確かに正論だった。レイはリチャードから身を離すと、ボトルからワインをグラスに注いでぐいっと一気に飲む。
「あのさ、何か怒ってる?」
「怒ってるよ。リチャードってほんっとに鈍感だよね」
「……レイ、さっきから嫉妬してみたり、かと思えばけしかけるみたいな発言してみたり、俺のことをからかってるんだろう? それで仕舞いには怒り出したりして、今日はどうかしてるよ。まだ酔うような量は飲んでないよな?」
「……何で分からないの?」
レイはリチャードのシャツの袖をぎゅっと掴んで、彼の顔をじっと見つめる。その表情は悲しげで、思わずリチャードは自分の発言を迂闊だったと後悔した。
「……昔のことは、もうどうでもいいんだ。過ぎたことだから。だから、過去にリチャードが女の人たちと付き合ってたとしても全然構わないんだ。我慢出来るよ。……でも今現在リチャードの周りにいる人たちは駄目なんだ。僕、リチャードがそういう人たちと何かあったんじゃないか、リチャードがその人たちに好意を持ってるんじゃないかって思うだけで嫉妬しちゃうんだよ。これだけ言ってるのに……何でそれが分からないの?」
ああ、そうだったのか、とリチャードはようやくレイの嫉妬の基準が分かって、すっきりとした。
レイと付き合う以前の事に関してはもうどうしようもないから、嫉妬の対象外。でも二人が付き合いだして以降、リチャードと関係がある人に関しては、嫉妬の対象。聞いてみれば何てことはない、彼の中では至極明快、あまりにも単純な線引きで決められていたのだ。
こんな簡単な答えはもっと早く気付いて然るべきだったのに、どうして今まで気付かなかったのだろう? とリチャードはレイに言われた通り、自分の鈍感さに腹を立てていた。
「……ごめん。俺、無神経で鈍感だったね。からかってるなんて言って、悪かったよ」
「ううん、いいんだ。僕が嫉妬深いからリチャードも呆れたよね」
「嫉妬深い恋人にここまで好かれるなんて、恋人冥利に尽きるよ」
「本当にそう思ってる?」
「思わない訳ないだろう?」
リチャードは溜息をつきながらそう言う。付き合って暫く経つ今でも、時々レイの事を見失ってしまうが、最終的にはちゃんと彼の望む着地点を見つけてあげられるようになったような気がしていた。
――これって段々レイに飼い慣らされていってるって事なのかな……
ふとそう思って苦笑したくなったけれど、自分の中ではそれで満足だった。こんなに誰か一人に思われた事なんて、これまでなかった事だ。レイはいつでも自分に真っ直ぐな感情を向けてくる。そこには打算も計算もない。そして嫉妬すら隠す事なく激しい気持ちを直にぶつけてくる。時には苦しく感じる事もあるが、それだけレイの中でのリチャードの存在が大きい証拠なのだろう。そう思えばそんな彼の気持ちを拒否する気にはなれなかった。
リチャードはレイの顎に手を添えて上を向かせる。レイはじっと、まるでリチャードの本音を探るかのように彼の蒼い瞳をじっと見つめていたが、やがて納得したかのように、ゆっくりと瞼を閉じて唇を合わせた。
――Game over……降参だよ、レイ。こうなる事は最初から分かってたんだ。
リチャードは心の中でそう呟く。
彼の腕の中で、信頼しきった顔の栗色の髪の天使はその身を委ねている。
仲直りのキスは優しく、そして甘い囁きと共に恋人たちの短い夜は静かに更けていった。
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