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第81話
「……気にならないのか?」
「うん。だから僕には隠さずに本当のこと言ってもいいよ?」
そう言って、無邪気な笑みをレイは浮かべる。
あくまでもレイの中でのリチャードは、007のように派手な女性関係で活躍していたことになっているらしい。
「本当のことも何も、アンダーカバーオペレーションに参加したことないし、そもそも俺が所属してるのはMETであって、MI6やMI5じゃないんだぞ? あんな映画のスパイみたいな真似するわけないだろう?」
――と言うか、スパイだったとしても、あんなに手当たり次第に女性と寝るわけないじゃないか、あれは映画だから成り立つ話であって、現実問題あんなことがあったら、即刻クビだよ。と付け加えたかったが、あまり言い過ぎてもいけないか、と思いリチャードは口を閉じた。
「ふうん……そうなんだ」
レイは少しがっかりしたような様子で、ピザをぱくっと頬張った後、言葉を続ける。
「身近に007並みに女性をつまみ食いしてた人がいるから、僕はたとえリチャードがそうだったとしても、全然驚かないけどな」
「は? 誰のこと言ってるんだ?」
残り少なくなったピザを摘まんだところで、リチャードの手が止まる。
「ローリーだよ」
レイはリチャードの方を向くこともなく、ワインでピザを流し込むとそう答えた。
「ローリーさんが?!」
リチャードは驚いて大きな声を上げてしまう。
ローリーというのはレイの6歳年上の従兄弟で、ホワイトキャッスル・ギャラリーのアシスタントディレクターを勤めている。実質、彼がほとんどの普段の実務をこなしており、ギャラリーは彼なしには運営が立ちゆかなかった。
リチャードはレイの年上の従兄弟の様子を思い出す。少し長めのブルネットの髪、黒縁眼鏡の奥の優しそうなブラウンカラーの瞳、いつも物腰が柔らかく礼儀正しい男性だ。そんな彼の語り口はとてもソフトで、リチャードはいつも彼との知的な会話を楽しみにしていたくらいだ。
そのローリーが……? リチャードはレイの言葉に驚いていた。
「あ、もしかしてリチャード、初対面の時にローリーが言った言葉信じてた?」
レイはリチャードの信じられないという顔を見て、はた、と気付いたように言った。
リチャードは当然の事ながら、その言葉も覚えていた。
初めてローリーにホワイトキャッスル・ギャラリーで会った時、リチャードの前で彼はレイに『きみは相変わらず僕に冷たいね。いつもこんなにきみのことを想ってるのに』と言ったのだ。それでリチャードはてっきりローリーはレイに対してそういう気持ちを持っているのだ、と思い込んでいた。
ただ、その気持ちは多分、親愛なる従兄弟に対する兄が弟を思うような愛情以上のものではなく、自分がレイと付き合うのはレイの意思なのだから構わないだろう、とも思っていた。だがわざわざあんな言葉を自分に言うくらいだから、ローリーの指向としては、女性よりも男性に気持ちが向いているのかな、と漠然と考えていたのだ。
「あれ、ただの冗談だから。大体ローリーってばりばりのストレートだよ。しかも見た目があんな感じで知的に見えるから、女性の方が放っておかないんだ。だから自分に近寄ってきた人で好みだと、見境なく片っ端から手を出してたんだよね。そのせいで、ある事件に巻き込まれちゃってさ、危ういところを助けてあげたんだけど、それを切っ掛けにやっと自粛してくれて。って言うか、僕がいい加減にしてよ、って怒ったんだけど」
「……そうだったのか」
「それと、さっきも言ったけど、あの人裏の顔と表の顔の差が激しいから、無条件に信用しちゃ駄目だよ。リチャード騙されやすいから、心配なんだよね」
「……」
リチャードは黙り込んでしまった。彼の脳裏にはローリーの面影が浮かんでいる。とてもそんな風には思えない……リチャードはレイに言われたことが俄には信じられなかった。
「ねえ、僕が言ったこと疑ってるんでしょ?」
「そ、そんなことないよ? 俺がレイの言う事を信じない訳がないじゃないか」
「そうだよね。リチャードはいつだって僕のこと信じてるし、想ってくれてるんだもんね」
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