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第80話
リチャードが代金の支払いを済ませてピザを受け取りフロントルームへ戻ると、レイはまめまめしくテーブルに皿を並べ、ワイングラスを載せているところだった。
「うわ、こういうピザ久しぶり。たまにはジャンクなものを食べるのもいいよね」
レイは嬉しそうに1ピース摘まみ上げると口に運ぶ。あっという間にピザのピースはレイの口の中に消えていった。余程空腹だったらしい。レイは食べてしまうと、じっとリチャードのピザを摘まむ手元を見つめる。
「ねえ、リチャードは何にしたの?」
「俺? チキンのチリソース」
「あ、それ美味しそう。一口頂戴」
レイはリチャードの手元に口を近づける。ふんわりと緩くカールした栗色の髪がふわり、とリチャードの腕に触れ、長い睫に象られた瞳が、少しだけ俯き加減の顔に愛らしい表情を作り出す。
――かっ、可愛いが過ぎるだろ……
「……リチャード何で手が震えてるの? ちょっと怖いんだけど」
「いや、その……緊張して」
「どうして緊張してるの?」
「こっちの都合だから、気にしないでくれ……はい、味見していいよ」
リチャードは何とかレイの口元にまでピザのピースを持ち上げる。レイは一口囓ると「美味しいよ、これ」とにっこりと笑った。
その様子がどこか公園にいるリスを思わせて、リチャードは微笑ましい気分になる。
丁度TV画面の中ではジェイムス・ボンドが絶体絶命の危機を迎えていた。レイはパブから持ち帰って来たワインボトルから、ワインをグラスに注ぐと一口飲んで「あのさ……」と思わせぶりな話し方をする。
「ん? 何?」
「リチャードってアンダーカバーオペレーション(潜入捜査)ってしたことあるの?」
「何で?」
「007みたいに片っ端から美女をつまみ食いしたりしてたのかな、って」
「ぶっ」
「うあ、リチャード汚いよ!」
「ごっ、ごめん」
リチャードはレイの一言に、口にしていたワインを思い切り吹き出してしまった。そして慌てて立ち上がると、ティッシュを数枚箱から取りだしてテーブルの上を拭く。
「れ、レイが変なこと言うから……」
慌てふためいたリチャードは恨めしげにレイを振り返ってみる。レイは平然とした顔でリチャードを見ながらワインを飲んでいたが、グラスから口を離すと「変なことって、美女のつまみ食いってやつ?」と何でもないように言った。
「そんなことある訳ないだろう? 俺、一体どんな人間だと思われてるんだよ?」
「だってリチャード格好良いから、そういう事もあったのかな、って」
レイはけろりとしてそう言う。自分が何を言ってるのか、きみはちゃんと分かってるのか? とリチャードは思い切り突っ込みを入れたかった。
「俺がそんな人間だと思われてたなんて、ショックなんだけど」
「なんで? ショックどころか喜んでいいんじゃないの?」
「レイは俺が美女を片っ端から頂いてたりしたら嫌じゃないのか?」
「うーん、嫌と言えば嫌だけど、僕と付き合う前はリチャードって女性としか付き合ったことないって知ってるから、別にそんなにショックじゃないかな」
――え? じゃなんで、さっきハワードにはあんなに嫉妬心剥き出しにしたんだよ……あいつが男だからか?
レイの嫉妬する基準がまったく分からずにリチャードは困惑した。
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